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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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25 非日常の歪み-4


***
 
 一方。
 客室で険しい表情を作っている魔眼王子とうらはらに、中庭は大はしゃぎだった。
 脚立に乗った絵師たちは、塗料の桶に刷毛を突っ込み、巨大な飛竜の身体へすべらせる。
 飛竜たちの身体の色は、どれも一頭ずつ違う。元の色と引く山車のデザインを際立たせるためのペイントだ。
 慎重に図案を見ながら、指定された色と模様を正確に描いていく。

 ナハトは大人しく立ったまま、視線だけ動かして前足の部分を見下ろした。
 白と金の塗料が、薄紫の皮膚にとても似合っている。
 今年、ナハトに使われるペイント塗料はこの二色だけだ。
 自惚れといわれようと、キーラに見せてもらった図案を頭に思い描くと、うっとりしてしまう。

 ペイントされている間は、じっとしていなくてはならず、けっこう退屈だ。
 しかも皮膚の殆どは分厚く丈夫といっても、ところどころ敏感な箇所もある。
 特に尻尾の付け根などは、、刷毛で擦られると飛び上がりたくなるくすぐったさだ。

(くっ……くすぐったい……だめだめ! 我慢っ! おしゃれは我慢なんだからっ!)

 キーラの金言を繰り返し念じ、ぷるぷる震えながら必死で耐える。
 別の事を考えて気を紛らわせようとし、不意にゼノでの出来事を思い出した。
 ゼノでバンツァーにそこを撫でられた時は、似ているようでもっと違った感覚だった。
 発情期が終わったせいか、もうなりふり構わず強請る真似はしないが、バンツァーの卵が欲しいと思う気持ちは消えない。
 身体は疼かなくても、心はよりいっそう疼き、渇望が深くなる。

(ハァ……三十年かぁ……)

 先が長すぎて、ため息が出そうだ。
 しかもバンツァーは、昨日からやたらと素っ気無い。
 いつもなら厩舎にいる時は存分に甘えさせてくれるのに、朝はさっさと出て行ってしまい、ナハトが夕飯を食べに帰った時は、あわてて居眠りのフリをしていた。
 昨夜も独りぼっちになった夢を見て、抱き締めて貰おうとしたら、バンツァーは他の雄飛竜を呼び、そっちに行けと突き放された。
 ナハトより少し年上の雄飛竜は、快く一緒に寝てくれたけど、心地よいはずの体温と心音もナハトを安心させてくれなかった。
 バンツァーに捨てられた気がして、悔しくて悲しくて、明け方近くまで眠れなかった。

(おじさまなんか……もういいもんっ!!)

「ちょっとぉ!!何考えてんの!?」

 突然キーラが大声で怒鳴り、ナハトはギクッとした。カティヤも目を丸くしている。

「き……きる?」

「あっ!ナハトちゃんは動かないで、違うの……」

 心を見透かされたかと思ったが、怒声を向けられたのは、どうやら別の人間らしい。
 派手なピンクローブの幼女錬金術師は、あわててナハトをなだめ、再び眉をキリキリ吊り上げた。

「ヨラン!!何で勝手に黒なんか塗ってるのよ!!」

「あ……す、すすすいません」

 怒鳴られた青年は、慌てて黒い塗料のついた刷毛を背中に隠し、おどおど謝罪した。
 キーラの後輩にあたる、城勤めの錬金術師ヨランだ。
 青白い顔と気弱な態度のせいか、まだ若いのに生気や覇気というものをどこかに置き忘れたように見える。
 影は薄いが、そこそこ優秀なのは確かで、何事も慎重にやる性質。造る品も無難で、失敗こそないものの、大成功という物もない。
 何かと目立ち、実験は大成功か大失敗の両極端というキーラと、まさに正反対だろう。

「アンタの担当は塗料の手配だけでしょう!? すぐ消して!!」

 ヨランが塗った黒い塗料を指差し、今にも噛み付きそうにキーラが怒鳴る。

「あの……でも……黒を足した方が良いって……」

「はぁぁっ!!?? いつっ!! 誰がっ!! そんな事言ったの!!?? ソイツ連れて来なさいよ!!!」

「い、いえ、誰がってわけじゃ……」

「じゃ、アンタの独断じゃない!」

「そ、その……今年はみんな黒を多く使ってるし……」

「だからこそ、ナハトちゃんだけは黒を使わないのよ! パレード全体のバランスを考えてるの! 何度もそう説明したでしょ!!!」

 中庭の視線は全て、キーラとヨランに注がれていた。
 キーラが頭に血を昇らせるのはいつもの事だし、口調ほど本人に悪意はないので周囲も気にしないが……。

(わぁ……珍しい)

 ナハトは好奇心を抑えきれず、ヨランを眺めた。
 人のペイントに勝手な手出しはマナー違反だが、気弱な彼が控えめとはいえ、キーラに反論するなど有り得ないと思っていた。
 周囲も同意見らしく、視線はキーラよりヨランに注がれている。




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