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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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25 非日常の歪み-5

「まぁまぁ、キーラ殿、落ち着いて」

 さすがに見かね、カティヤが止めに入った。

「それほど目立たない部分だし、急いで落とせば済むことだ」

 首を動かせない今、ナハトからは見えなかったが、カティヤが覗き込んだ位置からして、後ろ足の内側を黒く塗られたらしい。

(うーん……悪いけど、ヨランってセンス無いなぁ……)

 ナハトは頭の中で、描かれた図案に黒を足して想像してみたが、どう考えても変てこだった。
 ところが、すぐ塗料を落としにかかると思ったヨランは、カティヤにまでしどろもどろに言い訳し始めた。

「で、でも……目立たない箇所なら落とさなくても……こっちの方が良いし……キーラさんはちょっと……強引っていうか……」

「……なんですって?」

 中庭にいた人間と飛竜の全員に、ブチッとキーラの血管が切れる音が聞こえた……ような気がした。

「ふざけんじゃ……っ!!!!!」

 怒声の落雷にそなえ、周囲の人間はいっせいに耳を押さえたが、駆け寄ったベルンの大きな手が災厄を未然に防いだ。

「キーラ、飛竜は耳を塞げないんだ。勘弁してやってくれ」

 苦笑しながら片手で口を塞がれ、キーラはくぐもった声で呻く。

「もがが! もがもががががっ!!(ベルン!!余計な口出ししないでよっ!)」

「おいおい、ヨラン。いきなり反抗期でも来ちゃったかぁ?」

 ディーダーが笑いながらヨランを羽交い絞めにし、カティヤに塗料落としを沁み込ませた布を放る。

「ちょうど良い。バンツァーを塗るのを手伝ってやれよ。あっちは真っ黒にするんだし、デカくてやりがいあるぜ?」

 そのまま二人は問答無用でズリズリとヨランを引き摺っていき、息を詰めて事の成り行きを見守っていた人々は、また和気藹々と作業に戻っていった。

「あの二人はさすがだな」

 兄とディーダーを眺めながら、カティヤが感嘆をもらした。

「きるるるっ!〔ほんと、息ピッタリよね〕」

 どう考えてもヨランが悪かったのだが、あのままキーラが徹底的にやり込めてしまえば、全体の空気が悪くなる。
 今大事なのは、善悪の勝負をつけるより、パレードそのものを成功させることだ。
 まだふくれっ面のキーラも、パレードを成功させたい気持ちは同じだ。
 むしろ彼女は、誰よりも強くそう思っているはずだ。

「……貸して。あたしが落とすわ」

 カティヤから布を受け取り、小さな手で丁寧に黒い塗料を擦り落とす。
 塗料と一緒に、ピリピリした不快感も消えていくような気がした。
 キーラは別に、ヨランを嫌ってなどいない。むしろ理解者だろう。
 パッとしない地味な男だと、影で小馬鹿にする輩がいると、堅実なのが彼の美点だと庇うくらいだ。

(それにしても、ヨランはどうしちゃったのかなぁ……)

 チラリとバンツァーの方へ視線を向けた。
 あの巨体を塗るのは確かに大変で、絵師も三人がかりで根気よく塗っている。ヨランは特に技術のいらない平塗り部分を手伝っていた。
 とても楽しそうな笑みを浮べて。

(良かった。お祭りは楽しまなきゃ)

 もしかしたら大人しい彼も、たまには自己主張をしたくなったのかもしれない。
 祭という非日常の期間は、浮かれたり苛立ったり、何かとトラブルが多いものだ。

 ホッとし、今度はバンツァーの全体へ、瞳の焦点をあわせた。
 白と金のナハトと対照的に、ほとんど黒一色で、ところどころにだけ赤を取り入れた、迫力ある色彩だ。
 微動だにせず堂々と立っている姿に、悔しくても視線が離せない。

(おじさま……)

 あの不自然な素っ気なさも、非日常の副産物であってくれと願う。
 もう一度抱き締めてくれるなら、三十年でも百年でも、文句を言わずに待ってみせる。

(きっと……おじさまは、また一緒に寝てくれる。まだまだずっと一緒にいてくれるって、約束したもん!)

 やっと気を取り直し、絵師が塗りやすいように前を向き直る。
 仕上げに白い花冠を載せてもらう頃には、もう小さな揉め事など忘れ、ナハトはすっかり晴れやかな気分となっていた。



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