25 非日常の歪み-2
宿舎を出ると、輝く夏の太陽が白い砂利の小道を照らしつけていた。
兵たちが楽しそうに語らいながら、朝食へ向かっており、カティヤも細長い食堂へ入る。
兵たちの食事を一挙にまかなう食堂は、いつも早朝から戦場のような騒ぎだが、建国日の朝はけたたましい調理の音もコックの怒鳴り声も聞えない。
薄切りハム・野菜・チーズを挟んだパンが、薄茶色の紙ぶくろに入ってズラリとテーブルに並んでいる。朝の仕事は禁止なので、昨日の夜中にせっせと作られたのだ。
皆それぞれ袋をとり、今日ばかりは思い思いの場所で朝食をとる。
カティヤもありがたく袋の一つを取り、水筒に水を汲んで、今度は飛竜の厩舎へと足を向けた。
いつもならナハトの食事を用意してから食堂で朝食だが、建国祭の朝は特別だ。
飛竜の厩舎では、既に何人かの竜騎士が自分のパートナーの傍らに座り込み、朝食を取っていた。
竜騎士なら誰でも、飛竜の厩舎はヘタな民家よりよほど清潔だと知っているし、そう保っている。
「おはよう、ナハト」
まだ少し眠そうなナハトの餌箱を綺麗にし、新鮮な野菜を入れてから、カティヤも干草に腰掛け、サンドイッチを取り出した。
「良い天気になったなぁ」
開いた窓から、雲ひとつない蒼天が見える。
この時期、ジェラッドで雨は滅多に降らないが、やはり祝祭日に晴れ空は気分が良い。
「んむ……るる……」
キャベツを丸ごと口に入れたまま、ナハトが頷く。育ち盛りの飛竜少女は、朝から食欲旺盛だ。
まだ飲み込みもしないうちから、やや行儀悪く鼻先で餌箱を探り、次に食べる物を選出しようとした時だった。
「さぁさぁ、おはよう!飛竜さんたち!!おしゃれの時間よぉ〜っ!!!」
とてつもなく大きな甲高い声が厩舎に響き渡り、竜騎士たちはいっせいに耳を押さえる。カティヤもキーンと耳鳴りがし、こめかみを揉んだ。
拡声魔法も使わず、一体どうやったら、あれだけの声を出せるのだろう。
もしかしたら彼女の天職は、錬金術師でなくオペラ歌手だったかも知れない。
そう囁かれる女錬金術師キーラは、厩舎の入り口で腰に手をあて仁王立ちしていた。
フリルつきの赤いカチューシャが、肩までのまっすぐな金髪によく似合っている。錬金術師のローブも、薄ピンクと紫の生地に、濃いピンクのフリルという特異なファッションだ。
彼女の歳にはまるでそぐわない衣装だが、それは実年齢の話。
身長一メートルの可愛らしい幼女外見に、ピンクローブはとてもよく似合っていた。幼女趣味の男なら攫いたくなること間違いなし。
ただしそれは、彼女を知らない相手に限る。
「朝ごはんなんか、さっさと食べちゃって!時間がないのよ!パレードまであと五時間!!ほらっ!早くもぐもぐゴックン!!!」
赤い革靴でピョンピョン跳ねながら、キーラは竜騎士たちをせっついて回る。
「今年もキーラ殿の山車を引かせて頂き、光栄だ」
キーラが来る前にサンドイッチをなんとか飲み込み、カティヤは立ち上がって手を差しだす。小さな手が熱を込めて握手を返した。
「あたしこそ、貴女たちの担当になれて、本当に嬉しいわ」
キーラが目を輝かせて答える。
エキセントリックな性格から、彼女を敬遠する人も多いが、自他共に認める非常に優秀な錬金術師だ。
ユハ王が現在の外見になったきっかけは、彼女の造った薬を被ってしまったせいだった。
ユハは、あれは事故でキーラの責任でないと公言したが、王族の人生を狂わせたのだ。
キーラを責める者も多かったし、なにより彼女自身が自分を許せなかった。
自ら同じ薬を浴び、抜群のプロポーションと美貌を誇っていた身体を幼女にし、一生を王に捧げる事で償うと宣言した。
十数年も昔の話だから、カティヤは人つてに聞いただけだ。
それでもキーラを見ていれば、その噂が真実である事も、彼女の忠誠と信念に偽りがない事も容易にわかる。
「ナハトちゃ〜ん!今年の山車は、あたしの最高傑作よ!うんと可愛くペイントしてもらいましょうね〜!」
「きるるる!」
すりすりとわき腹に頬擦りするキーラに、ナハトが機嫌よく鳴き、背中に乗るよう促す。
「あら、いいの?」
キーラが見上げたので、カティヤは小さな彼女が鞍に乗れるよう、手を貸した。
「どうぞ。ナハトも待ちきれないようだ」
午後のパレードに向け、山車を引く飛竜たちは、全身に塗料でペイントをほどこすのだ。
どうやらナハトにとっては、建国祭で一番の楽しみらしい。
カティヤとキーラを背に乗せ、ナハトは他の飛竜たちに続いて、中庭へうきうきと歩き出した。