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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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25 非日常の歪み-1

 建国日、ジェラッド王都は一年でもっとも静かな朝を迎える。
 各所の警備以外、この日は全ての店や仕事が午前十時まで法律で禁止されているからだ。
 もっとも法律がなくとも、静けさは破られないだろう。
 何しろ王都の人間は、富める者から貧しい者まで、前夜祭の祝宴で遅くまではしゃぎ、皆ゆっくり眠っていたいのだから。

 カティヤも自室で目を覚ましたのは、太陽がすっかり昇ってからだ。
 鎧戸を開けると、蝉の鳴き声が飛び込み、眩しい陽光が室内を気持ちよく照らし出す。
 そう広く無い部屋だが、宿舎は大部屋が基本。個室が与えられる階級は限られている。
 この朝、カティヤは個室の恩恵に心から感謝した。

「……消えたい」

 窓枠に両手をつき、ガックリうな垂れる。
 宿舎四階にある部屋窓からは、美しい東庭と大きな用水池がよく見渡せた。
 毎朝、鎧戸を開け気持ち良い景色を眺めると、今日も頑張ろうと元気が沸いてくる。
 しかし今朝ばかりは、静かな朝を楽しもうという気にもなれなかった。

 昨夜、どうやって部屋に戻ったかも覚えていない。
 寝巻きにも着替えず、マントとブーツを脱いだだけでベッドに倒れこんだようだ。
 アレシュと抱き合い、口づけした感触だけが、しっかりと全身に残っている。
 強すぎる陶酔感に頭がくらくら痺れ、このまま離れたくないとしか考えられなかった。アレシュの腕が離れていくのが、寂しくてたまらなかった。
 エリアスが結界を解き、宿舎へ帰るよう促された時に、自分は泣いていたようだった。
 引き出しから手鏡を取り出し覗き込むと、泣き腫らした顔が映っている。

(アレシュさまは、さぞ呆れただろうなぁ……)

 ゼノでどちらを選ぶか聞かれ、故郷を捨てられなかったクセに、いざ帰ったら、アレシュも欲しいとダダをこねてしまったのだから。
 思い返せば返すほど、醜態を晒してしまったと後悔が押し寄せ、しまいに窓枠に掴まっても立っていられなくなった。
 部屋の隅で膝を抱え、どんより気分でうずくまる。

(いっそ、時間をまき戻せれば……)

 昨夜アレシュと会う前……いや、そもそも川原でペンダントを拾う前へ……アレシュを思い出さなければ、苦しみ悩む事もなかった。
 不可能で無意味な願いを何度も考え、そのうちそれが本当に無意味だと気付いた。

――たとえ過去を遡れたとしても、修正など不可能だ。

 アレシュを思い出さないという選択肢を、今度は選べなくなるだけ。
 きっと何度でも同じ事をする。

 ようやく恥を受け入れる諦めがつき、カティヤは立ち上がる。
 水差しが空だったので、洗面器に魔法で水を満たす。
 魔力の低いカティヤは、洗面器一杯の水を満たすのも苦労で、滅多にやらないが、扉の外では既に起き出した同僚たちが挨拶を交わす声がしている。
 廊下に出る前に、この泣き腫らした顔をなんとかしなければ。
 生ぬるい水で思い切り顔を洗い、タオルで水気を拭き取ると、目元に少し赤みが残ったが、少しはマシになった。
 鏡を引き出しに放り込み、一緒にしまってある魔石ペンダントを視界に入れないように、急いで閉めた。

 部屋を出ると、廊下で数人の女性騎士が談笑していた。
 いずれも職務では男性に劣らない猛勇の女性だが、プライベートにおいては普通の女性だ。
 たわいない話に花を咲かせている彼女達と挨拶を交わし、一階の共同風呂で水浴びを済ませる。
 アイロンのかかった綺麗な軍服に着替え、髪を一つに結び、手早く身支度を整えた。



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