24 輝く石の国-3
玉間に全ての使節団が集まり、貢物の献上と祝辞が述べられる。
炎を印した国旗の前で、ユハ王は緋のマントに王杖と正装に小さな身を包み、返礼をのべる。
毎年変わらぬ形式的な儀式が、粛々と行われた。
幼児外見のユハだが、公式の場できちんと化けれるのは誰もが認める特技だ。
玉座でまとう雰囲気は、立派に貫禄ある王者のそれだった。
式典が終わっても、昼食会や会議、主要施設の見学などが、目まぐるしく進んでいく。
カティヤもナハトを伴い、中庭での式典準備やら警備やらで息をつく暇もない。
マントを脱ぎ、袖をまくった麻のシャツと長ズボンといういでたちだ。小柄な身体で軍靴を鳴らし、あちこちを忙しく駆け回る。
食事も仕事の合間合間に、差し入れてもらったジュースや軽食を口にする。
「熱っ……ナハトはこっちだ」
茹でとうもろこしをフーフー吹きながら、ナハトにも紫キャベツの玉を放った。
飛竜は大きく口を開け、空中でキャベツを上手にキャッチする。
カティヤも食欲をそそる黄色い粒列に歯を立てた。熱くて甘い汁が口いっぱいに広がる。
中庭で立ったままの食事だ。姫君の作法には反するが、体裁を気にしていたら食いっぱぐれる。
また幸いな事に、カティヤに公爵令嬢として振る舞えという輩も、中庭にいなかった。
猫の手も借りたい今、必要なのは、ドレスを着たお姫様ではなく、テーブルに付く間も惜しんで働く竜騎士なのだ。
「はふっ……はふ……」
美味しいとうもろこしが、空っぽの胃に心地よく滑り落ちて行く。
カティヤは目を細めた。こういう忙しい食事も嫌いじゃない。
そもそも戦場では、食べれる時に食べるのが基本。生きているからこそ腹も空く。
汗を拭い、西の空を見上げた。
オレンジの光が山間を染め始め、ほどなく夏の陽は沈もうとしている。
もうじき貴族たちの馬車が、城の舞踏会へ参加するため、ぞくぞくと押しかけるだろう。
「舞踏会……か」
ふと、口からとうもろこしを離し、ぼんやりと夕日を眺めた。
アレシュのことだから、正装もやはり黒衣なのだろうか?
一国の代表ともなれば、宴は楽しむ場ではなく外交の場だ。
それでも一曲くらい、誰かと踊るのだろうか……
「きるっ」
素早く首を伸ばしたナハトが、カティヤの手からとうもろこしを奪いとる。
「あっ!こらぁ!」
半分ほど実の残っていたとうもろこしは、あっというまに大きな口へ消えてしまった。
硬い芯をボリボリ噛みながら、飛竜は悪戯たっぷりな顔でパートナーを見下ろす。
「まったく……」
苦笑したカティヤは、木箱にかけていたマントの埃を払い羽織った。
足元の槍を拾い上げ、空いた手にナハトの手綱を持つ。
「休憩は終りだ。そろそろ裏門の警備に行こう」
ところがナハトは、突っ立ったままだ。
「ん?どうした」
黒曜石の瞳が、何か言いたそうに王宮とカティヤを交互に見つめている。
「きるぅ?」
「あ……」
思わず漏れ呟いた一言が、この優しい飛竜を誤解させた事を悟った。
「あはは!舞踏会に出れば、兄さんは喜んでエスコートしてくれるだろうが……私はワガママな妹だ」
美しい薄紫の厚い皮膚を、軽く叩く。
今夜の舞踏会に、ベルンは飛竜一族の代表として出席する。長である父の代理だ。
腹を探りあう外交は、猪突猛進を自他共に認める兄の苦手分野だ。
カティヤとて苦手だが、隣りにいれば、せめて少しは手助けできるかもしれない……だが……。
表情が曇りそうになるのを堪え、とっておきの楽しい話題を持ち出した。
「舞踏会より、私達の晴れ舞台は、明日のパレードだろう?」
「きるるっ!」
とたんに元気よくナハトは頷く。カティヤも顔をほころばせ、中庭の端で布を被っている山車を眺めた。
「最高の名誉だな。なにしろパレードの花形だ……さぁ、行こう!」
今度は素直に動いた飛竜とともに、裏門へと歩き出す。
右手に槍を、左手にナハト手綱を持って……。
カティヤの手は二本きり。これ以上、誰かの手は取れない。