木下現る-1
「天野、僕は一応お前が落とした科目は全部セーフだったんだ。作戦とは言え、2日間も一緒に勉強しなきゃいけないのかい?」
サッシーがそう言ったんで、俺は用意した作戦をこっそり告げた。
「天野、お前ってどこまで悪い奴なんだ。それじゃあ、岡本が可哀想じゃないか」
おいおい、お前が勉強付き合いたくないって言うから、折角用意したプランなのに自分だけ良い人になろうってのか?こいつめ。
「それじゃあ、これはやめて。お前は2日間どころかずっと教えてもらえ。そして2人の間に何かが芽生えたら、成り行きに任せるってことにしようじゃないか」
「嫌だよ、そんなの。それにそんなに長く一緒に過ごしたら僕の正体がわかってしまうじゃないか」
だろう? 俺はプラン通りに実行することをサッシーと確認した。
ところで裏道を通ってなるべく人目につかないように歩いていたんだが、向こうからとんでもない奴がやって来た。
と言っても、それは俺の一番の親友の木下って男なんだが、こいつはサッシーにのぼせ上がって一度振られたんだがそれでも未練が捨てられなかった情けない男なんだ。
ところがサッシーが女子力パワーを捨てて髪を切り変貌してからは、本人に気づかず、サッシーがどこかに転校して行ったと思いこんでいるんだ。
いくらクラスが違うからって人に聞けば、どこにも転校してないのがわかりそうなものだが、俺の女友達だって紹介したときもチラッと見ただけで気づこうとしない。
だから木下の心の平和の為に、気づかれるまでは黙っていようってことになったんだ。
ああ、それからその頃はサッシーは佐伯佳美(さえきよしみ)と呼んでいたんだが、俺の友達になってからはサッシーって呼んでるんだ。
だって『佐伯』とか呼んだら、すぐ木下にばれてしまうだろう?
何故サッシーが極端にキャラが変わったのか俺にはよくわからん。だが、ヨッシー……本名は葦野桜(よしのさくら)って言うんだが、そいつの言うことには、心の傷というかトラウマに関わることらしいからそっとしておいてやれと言うんだ。
ああ、また横道にそれた。でもって俺はサッシーに目配せしたんだ。
今の格好は半年前の佐伯佳美に近い格好だから、木下に見つかると面倒だからだ。
サッシーは、すぐ反応して違う道に分かれて姿を消した。木下は俺に向かって走ってきたね。おう……危機一髪だった。
「おいおいおい! 今のは転校して行った佐伯佳美だろう? なんでお前と歩いていたんだ?」
木下は佐伯佳美のこととなると理性を失うんだ。俺の襟首を掴んで激しく揺するんだ。
それじゃあ、何もいえないだろう。やめろ!鞭打ちになる。
「知らないよ。俺が歩いていると向こうからやって来て、木下君は元気かいとか言うから、元気だよって言ったら、お前の姿を見て、逃げて行ったんだよ」
「どうして逃げたんだ?元気かいって聞くんだから俺のこと気にしてんだろう?」
ああ、気にしてる。でもそれは愛じゃない。
なるべく顔を合わしたくないという気にしかただ。
お前が転校したと勘違いしてるならずっとそのままでいてくれと思ってると思う。
「おい、天野どうして黙ってるんだ。きょうの佐伯は気合が入った格好をしてたけど、誰かとデイトしてたのか?」
こいつは……鋭い。岡本を幻惑させるための勝負に出たから気合も入ってるんだ。なんて言える訳ないだろう。
「そんなこと俺に聞いてもわからんよ。急に現れてあっと言う間に行ってしまったんだから」
「ああ、もしかして他に好きな男ができてしまったんだろうか?」
木下は頭を抱えて、もと来た道を引き返して行った。おい、こっちに用事があって歩いて来たんじゃないのか?
いちいち謎に満ちた行動を取る奴だ。