反撃開始-1
俺は岡本を校舎の裏側に呼び出した。
そして度のきつい眼鏡をかけた岡本が時間通りにやって来た。
なにやら一大決心をしたような顔でやってくると、いきなり眼鏡を外して言った。
「天野、わかってる、君がどんな気持ちか。4つも単位を落として、なんとか進級しなきゃならないってことも。
だけど、天野の希望に沿ってやれない。だから殴ってくれ。僕はどうしてもこの1週間はその人のために使わなきゃならないんだ。
まして50点コースは2日かかる。絶対無理なんだ。さあ、だから殴ってくれ」
俺は岡本の手から眼鏡を取って、顔にそっとかけてやったよ。
「何を言うんだ。お前にとって大事な人なんだろう? 当然じゃないか。
それに今までも本当に世話になったんだから、殴るなんてとんでもない。
それよりお前に渡したいものがあるんだ」
俺はアイドルのブロマイドを数枚岡本に握らせた。岡本は慌てた。
「おい、これは受け取る訳にはいかない。天野、それじゃあ、お前にあまりにも悪い」
「良いから取っておいてくれ。今までの感謝の印だ。それとお前に会わせたい奴がいるんだ。ちょっと待ってくれ」
俺は、手で合図した。するとそこに岡本が今まで見たことがないような美少女が現れた。
もちろん女友達のサッシーがロン毛のウィッグを被って、薄化粧をし、帽子から靴まで最新の流行のファッションできめた姿だった。
「俺の従姉妹だ。いつもお前に世話になっているって話をしたら、一度会いたいと言ったから連れて来た。
迷惑ならすぐ帰ってもらうが」
岡本は口を開けたままサッシーを見ていた。
「あの……岡本さんですか。安治君がいつもお世話になってます。
わたし、従姉妹のナナミと言います。いつもありがとうございます」
岡本は口をパクパクして、何か言おうとした。
「いえ……あの……そんなこと……当然のことで……」
「私、安治君が羨ましいです。勉強を教えてもらえて……、だから今度教えてもらうとき、私も一緒に教えてもらいたいって、頼んでいたんですけど。
何かご予定があるようで……本当に残念です」
ナナミことサッシーは帽子に手を当てて首を傾げた。
すると長い髪の毛が流れるように揺れた。
本当に残念そうに岡本を見つめた。サッシーが現役時代? に男殺しに使った悲しい目だ。
岡本はその目の奥の悲しみを取ることができるのは自分だけだと思い始めたと思う。
「あの……実は……2日ほど教えてもらいたいと天野君に頼まれていたんですが、あの……あなた……ナナミさんも一緒に勉強したいということなら……」
岡本は一生懸命、引き受ける口実を探しているようだった。
「私も別の1人に頼まれていましたけど、1人より2人……そうです。1人より2人に役立つなら、こちらの方を引き受けようかなと……いえ、ぜひ引き受けさせてください、僕でよければ!」
「でも、私は頭が悪いから……2日で覚えられるかどうか……いろいろ聞きたいこともあるし……」
「大丈夫です。もう一人の人を断りますから、多少……いやいくら時間がかかっても僕は構いません」
「本当に? 私、何もお礼もできませんけど」
「そんなもの! いりませんよ。天野君、君もカツ丼とか要らないから。
それにこのブロマイド返すよ、大事なものなんだろう?
君と僕の間柄で一切気を遣うことなんてないんだ。早速今日から始めても良いよ」
俺は岡本の手を両手でしっかり握ったね。
「岡本ありがとう。恩にきるよ」
「な……なに水臭いこと言ってるんだよ、君と僕の間柄で。ははは……」
岡本の乾いた笑い声が校舎裏に響いた。