☆☆-1
実習のペースにも慣れ、メンバーとの絆も少しずつ固くなり始めた6月の下旬。
いつものように実習を終え、ロッカーで着替えをしているとひとみが隣にやってきた。
「ね、陽向。明日休みだし今日みんなでご飯食べに行かない?」
「いーねー!どこ行こっか?」
あのひとみがみんなでご飯食べに行こうと誘うなんて、明日は豪雨なんじゃないかと陽向は思った。
初日に「沢野さんとか超無理」とか言っていたのに。
これだけ一緒に過ごしていれば、少しは慣れたのだろうか。
確かに、最初の頃よりは普通に話しているような気がするが…。
「お疲れー」
色々考えていると、沢野と優菜もロッカーにやってきた。
すかさずひとみが二人に話しかける。
「今日みんなでご飯食べ行こーよ!二人とも予定ないっしょ?」
ひとみからの誘いに、優菜は驚いたような顔をした後「行きたーい!」とやんわり笑顔になった。
「絵美ちゃんも行こうよー」
「えっ…。あ、うん。行こうかな」
「はーい!じゃあ決まりね!着替えたらロッカーの外に集合ね!」
18時。
実習場所の最寄り駅の近くにある居酒屋の個室で、5人で酒を飲み交わす。
なんとも不思議な光景だ。
話はやはり実習ネタだ。
自分の受け持ちの患者がどうのこうのと話したり、指導者が厳しいだの先生と指導者の看護観の違いに困るだの、延々と語っていたら、恐ろしいスピードで時間は過ぎていった。
みんなお酒が進み、馬鹿でかい声で話している。
話は実習のことから、プライベートの話へと変わっていた。
「ねー陽向ー。どーやってあの五十嵐を落としたのよー?」
隣に座るひとみが甘ったるい声で陽向に問う。
「あたしも聞きたいそれー!」
「俺もそれちょー気になる!」
酔っ払ってハイテンションになった優菜と浩太もそれに便乗する。
「落としたってか…落としてないし!」
「またまたぁー!陽向って意外とモテるからなー」
「意外とか失礼なんだけど!」
「で?どーやってお近付きになったの?」
全員の目が陽向に向けられる。
偏見だが、現実の男よりマンガの男子の方が好きそうな沢野でさえ、陽向を興味津々といった目で見ている。
「なんなのこの話っ!おしまいおしまい!」
「きゃー!照れてるーひなちゃん!」
「かっわいー!」
「うるさいなーもうっ!」
陽向は手元にあった焼酎のロックを一気に飲み干した。
「っうぇ!間違えた!」
「あー。それ俺の酒!風間、ちょー酔っ払ってる?それとも五十嵐の話されて焦ってんのー?」
「ち、違うってば!なんなのみんなして!いじわる!」
みんながぎゃははははと笑う。
その後、終始その話で盛り上がり、陽向は気が気ではなかった。
帰り道、陽向とひとみ以外の三人は違う路線のため、駅の入口で別れた。
改札をくぐり抜けホームで電車を待つ。
「あー…喉が痛い」
「陽向、すごいハスキーボイス」
ひとみがゲラゲラ笑う。
そう言うひとみも結構な酒焼け状態だ。
「飲むとすぐこーなっちゃうの」
「そーなんだ。酔っ払ってる?」
「うん、お酒弱いから」
「あはは。意外」
「なんで?」
「よく飲み行ってるイメージ」
「酒豪キャラ?」
「そーそー!あはははは!」
酔うと笑い上戸になるひとみが、ホームで大声を上げて笑う。
陽向もつられてケタケタ笑った。
「そーいえばさ、陽向にこんなこと言うのもアレなんだけど」
突然、ひとみが真剣な顔になった。
「え?なに?」
「優菜ちゃん、前、五十嵐のこと好きだったらしいよ」
「そ、そーなの?!」
「まぁ結構前の話だけど」
「結構前っていつ?」
「高校って言ってたかな?言わないでね、これ」
高校の頃?
なんで?
「優菜ちゃん、五十嵐と知り合いだったの…?」
「うん、高校一緒だからね。まさか知らなかった?」
「し、知らないよ!」
「かなり押してたらしくてさー。五十嵐も優菜ちゃんのアタック具合に引いたって話だよ!ストーカー並の勢いだったらしいよ。清楚な見た目してやるよねー!」
まさか優菜と湊が高校が一緒だったなんて。
しかも湊のことが好きだったなんて。
てかストーカー並の勢いって。
「今も…好きなのかな…」
陽向の素直な不安に、ひとみはぎこちなく笑った。
「そりゃーわかんないな。あたし、優菜ちゃんじゃないし!ま、でも今実際付き合ってんのは陽向なんだし、関係ないじゃん?」
「……」
「なんだよー、もー。大丈夫だって!」
またひとみがゲラゲラ笑う。
全然接点のない二人だと思っていたが、接点ありありだった。
今も好きだとしたら、どうしたらいいんだろう。
今まで何度となく湊の話をしてきた。
その度に優菜を傷付けてしまっていたかもしれない。
謝るべきか…。
いや、でも自分は優菜が昔湊のことを好きだったなんて知らないことになってるし。
「陽向と五十嵐お似合いだし、陽向が相手なら優菜ちゃんも何も言わないっしょ!」
「でもさ…」
「なに不安がってんのー!らしくないなー!」
ひとみは陽向の背中をバシバシ叩いて笑った。