『SWING UP!!』第11話-66
「さて、と」
その背中が見えなくなったところで、結花が航のほうを見た。
「これから、どうする?」
「それについてなんだが、ちょっと、わがまま言ってもいいか?」
「?」
珍しくも、航が自己主張しようとしている。
「地元の名物で、“法泉あんころ”ってのがあるんだけど、隠れた名店がこの辺りにあったって、亮の兄貴に聞いたことがあって、それを探してみたいんだ」
「へえ。ひょっとしてアンタ、和菓子好き?」
「ま、まあな」
意外な発見であった。バス酔いをしやすいというのも含めて、この“遠征試合”では、普段のやり取りだけでは見えない航の側面を、結花は色々と知ることが出来た気もする。
ちなみに、ここに来るまでのライトバンによる移動では、航は酔いの兆候を見せなかった。長時間の乗車でなければ、問題がないらしい。
「店の名前とか、知ってるの?」
「それが、亮の兄貴も押さえてなくて。この商店街のどこかにあるってことだけは、間違いないんだけど…」
「“法泉あんころ”で有名なところって、聞けばいいのかしらね」
言うなり結花は、軒下に提灯をぶらさげながら居並ぶ商店街の通りへと、カラコロ下駄を鳴らしながら、進んでいった。
「すいませーん」
そのままとある店先で、祭りの見物客と談笑している様子の、気の良さそうな小物屋の大将に、声をかけてみていた。
(………)
自分の願望から出た用事なのに、厭いもせずに協力してくれる結花の姿。それを見つめる航は、心の中に“ざわめき”を感じる。
結花を見ていると、切なさを込めて、胸を刺してくる“ざわめき”。…その正体が何であるのかを、航も本当はわかっている。
「えっとね。“法泉あんころ”を、ずっと前から扱ってる老舗が二つあって、ひとつは大通りから裏側に少し入ったところの、“まめや”っていう和菓子屋さんと、もうひとつが、“泉水神社”の近くにある“もっちり堂”っていうお餅屋さんだって」
情報提供のお礼に、洒落た小さな団扇を購入したようで、結花はそれを片手にしながら、聴いて来た事柄を、航に話していた。
「片瀬、ありがとう」
「じゃあ、行ってみよっか」
「ああ」
肩を並べて、歩みを始めようとして、不意に航は、無防備になっている結花の右手を、そっと握り締めた。
「!」
思いがけない感触に、結花は身を固くする。
「え、えっと……」
しかし、それが、航に手を握られたものだと理解すると、逃がさないように、すぐにその手に力を込めた。
「は、はぐれちゃ、いけないもんね」
言葉とは裏腹に、結花の頬が染まっていく。頬いっぱいに集まってくる熱気を隠すように、手にした団扇を口元に運んで、パタパタ扇ぐ仕草をしてみせた。