『SWING UP!!』第11話-54
「わあ…」
部屋に入るなり、顔を輝かせたのは、桜子と結花だった。二人の目の前に入ってきたのは、背の高いハンガーにかけられた、色鮮やかな浴衣の数々だったのである。
「先代の御院がな、寺に縁のある娘御たちで、どうしても浴衣を準備できないっていう子らに貸せるように、こうやって用意していたんだ」
だから、女子の中で相当に身体の大きい桜子でも、着られるサイズはあるはずだ、と隼人は続けた。
「浴衣の着付けは、響ができるから、脱いじまった時のために、みっちりとレクチャーしてもらうといいぜ」
「ま、また、そんなこと! もう! お二人に、浴衣を選んでいただきますので、出て行ってください!」
「へーいへい。……あとな、響も浴衣、着てくれよな」
「え? ひびき、も…?」
思いがけない隼人の要望に、作務衣姿だった響は、小さい頃に使っていた一人称で、思わず応えていた。
「せっかくだからよ。いいもん、見せてくれ。……じゃ、男衆は、茶でも喫しながら、娘御のお着替えを、ゆっくりじっくり、愉しみに待つとしましょうや」
響の返答を聞くよりも先に、大和と航の肩をそれぞれ押さえつつ、隼人は衣裳部屋を後にしていった。
「ふふ。隼人さんってば、響さんの浴衣姿をそんなに見たかったんだ」
桜子が、頬を紅く染めている響の肩に手を置いて、優しく囁いた。
「せっかくだから、時間かけて、ゆっくり選ぼうよ」
“着替えで男子を待たせるのは、女子の特権なんだから”と、桜子は、早速とばかりに、自分に合うサイズの浴衣をまずは探し始める。さすがに数は少ないが、それでも意外に、色とりどりの浴衣が用意されていた。
「着付けとかできる女の子って、絶対、男の子にアピール強いよね。だから、しっかり覚えないとね。ね、結花ちゃん」
「え、あ、そ、そうですね」
“アイツは、どんな色が好きかな”と、居並ぶ浴衣を前にして考えを巡らせていた結花は、思いがけない桜子の攻撃に、一気にその顔を紅くさせていた。
乙女色を満開にさせている、結花と響を目の当たりにして、その“可愛らしさ”に桜子の頬は緩んでいる。
(あれ、そういえば…)
ふと、思う。この中で、“男性経験”があるのは、ひょっとして自分だけかもしれない、と。
響と隼人は“許婚”同士だと聞いていたが、二人の雰囲気には、夫婦めいた相性の良さを感じつつも、響の様子を見れば、“同衾した”というべき色艶のある匂いまでは感じなかった。これもまた、経験の成さしめるところであろう。
(うわー、あたし、なんだかんだ言って、“オトナ”になってるんだなぁ…)
姉の由梨や、京子、晶、エレナ、品子、と、魅力満載な女性に囲まれているので、“男性経験”があるとは言え、自分が一番、幼い感じがすると、桜子はずっと思っていた。
「あの、桜子センパイ、この色、わたしに合いますか…?」
「桜子さん、その……この柄、私、変じゃないですか…?」
だから、まだ“乙女”である結花と響に、そう言って頼られる自分が、とても大人びているように感じて、思わず桜子は苦笑いをしていた。