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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第11話-43


「よく粘ったな、二人とも!」
 一死・満塁という絶体絶命のピンチを、無得点で凌いだバッテリー。そんな二人を出迎えるベンチの雰囲気は、仙石主将を中心にして、大いに盛り上がっていた。
「危機の後に好機あり、だ。この回、1点を取るぞ!」
「「「応!!」」」
 仙石主将の発破に、メンバーたちが気合を込めて応える。打順は、2番の東尋から始まるので、巡り合わせも非常に良いものだった。
「響」
 円陣が解かれた後、監督の楓に響は呼び止められた。ピンチを脱した隼人の様子を、確認するためだ。
「隼人は、投げるボールを変えたか?」
 満塁となった直後、響がタイムを取ってマウンドに向かった。以降、相手の打者に良い当たりをさせなかった結果を見れば、バッテリーが、打者への攻め方を変えたことは容易に想像が出来た。
「はい。“色即是空”とは握りが違う、隼人兄が“空即是色”と言っているボールです」
「“空即是色”……なるほど」
 楓は、面白そうに頬を緩めた。直球であることに変わりはないが、握りを変える事でそのブレ方に変化を生ませたのだ。“色即是空”と対をなすから、“空即是色”と名づけたのは、いかにも隼人らしい。
 少し補足をするならば…。
 隼人の投げている“色即是空”が、“ムービング・ファストボール”であることは既に触れた。
 “ムービング・ファストボール”は、直球であることに変わりないので、その握り方はストレートのように、人差し指と中指、そして、親指の三本でしっかりとボールを支えている。リリースの瞬間に、指の弾き方を敢えて安定させないので、ボールの回転が左右にブレるのが、“ムービング・ファストボール”の特徴である。
 そして、回転のブレ、というのはボールの球威に影響してくる。投げたボールは須らく空気抵抗を受けるので、回転が安定しないそれは、ともすれば、その球威を阻害する結果になるからだ。
 だが、隼人は、五十階段の昇降で鍛えたその安定した足腰と、薪割りで鍛えた強靭な背筋力を武器に、並外れた上体のパワーでボールに球威を与えている。だからこそ、空気抵抗を受けながらも、ストレートと変わらない球威を持ったボールを、投げることが出来るのだ。それが、左腕から繰り出されてくるのだから、打者の打ち辛さは想像に難くない。
 もちろん、さしもの隼人でも、単一の球種ではいつか捕まえられてしまう。そこで、もうひとつの“ムービング・ファストボール”を考案し、習得していたのだ。
 隼人は指が短い。それ故に、変化球が上手く投げられない。直球とほぼ変わらないような、威力のないボールを投げても、相手打者の目先は変えられないだろう。だから隼人は、二種類の“ムービング・ファストボール”を駆使することで、その対応策としたのである。
 響曰く、隼人が“空即是色”と呼び習わした“もうひとつのムービング・ファストボール”は、指三本を使うストレートの握りではなく、ボールを完全に“鷲づかみ”にして投じていた。そして、ストレートと同じ腕の振りから、スナップの力加減を安定させずにボールを投げるので、回転の方向が“色即是空”とは違う、沈む傾向が強いものになったのである。
 握り方が似ている、ボールが沈む“チェンジ・アップ”の要素を盛り込んだのが、“空即是色”の特徴だ。隼人が、“チェンジ・アップ”の習得を目指していた中で偶然発見した、“もうひとつのムービング・ファストボール”であった。
「………」
 だが、このボールには難点がある。“鷲づかみ”にする握り方は、指の全てに力が篭もるので、“色即是空”よりも手首と肘に負担がかかり、握力の消耗が激しい。だから、必要としない限りは敢えて投じないボールでもあった。
 それを、中盤から早くも使うようになったのは、相手の双葉大学が強豪であることを強く示している。
「東尋、いいぞ! いい粘りだ!!」
 しかし、だからこそ、隼人はあんなにも“楽しそう”なのだろう。
 ピンチを迎えてマウンドに行った時、隼人はむしろ嬉しそうだった。“こんなに歯ごたえのある連中と、最後の試合が出来るってのは、最高に堪らんぜ”と、はっきりそう口にもしていた。
(最後、か……)
 試合の中盤を迎えて、響の胸に疼きが少し走った。隼人が言う“最後の試合”は、もうその半分を終えてしまったことになる。
(にぃにぃ……)
 いつまでも、終わらないで欲しい…。もっと、“にぃにぃ”と一緒に、試合をしていたい…。
「おおっ!」
「!?」
 そんな感傷を少しだけ抱いた響は、しかし、不意に湧いたベンチ内の空気にそれを払われた。
「東尋、ナイスランだ!」
 仙石主将が、内野安打を放った2番の東尋に向けて、声を張り上げている。
(いけない)
 自分の感傷を、チームに映してはいけない。
 響は胸に手を当て、瞑想しながら胸中で“喝!”と叫び、ウェイティング・サークルに立つべく、ヘルメットを被り、バットを手にして、颯爽とベンチを後にした。
(響……)
 妹の感傷が、姉の楓には痛いほど分かっている。だが、それもまた乗り越えなければならない“業”であることを思えば、その背中を見守ることしか、自分にはできないものまた、歯がゆさを感じる事実であった。


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