『SWING UP!!』第11話-38
「ストライク!!! バッターアウト!!! チェンジ!」
岡崎に浴びた安打が目覚ましになったのか、隼人は、2番の栄村を三球三振に切って取った。
「ちぃ……」
だが、3回裏に早くも、それも、下位打線から始まった打順を相手に、先制点を許したことが、自身の中で隠し切れない悔しさを生んでいた。
(さすが、というところかな)
一方、1点を先制されても慌てた様子を見せない、法泉印大学・軟式野球部の監督・梧城寺 楓。
内野安打からリズムを崩した己の不甲斐なさに、肩を怒らせながらベンチに戻ってきた隼人を横目にしながら、序盤が終わったこの試合のスコアボードを、じっと見遣っていた。
【法泉大】|000|
【双葉大】|001|
先制されるのは、初めてかもしれない。わずか1点とはいえ、“追いかける展開”になった。
「隼人」
だが、この回は、上位打線から始まり、3番の隼人にも打順が廻る。
「挽回の機会は、あるぞ」
「合点承知です、監督!」
「その意気や良し」
楓から差し出されたヘルメットを被り、深呼吸をひとつ挟んでから、自身のバットを手にしてウェイティングサークルに隼人は向かった。
「響」
「はい」
片や、自分の傍らにそのまま立っている、隼人の“女房”というべき妹の響に、エースの様子を確かめることを、楓は監督として忘れなかった。
「隼人は少し、力が入りすぎたようだな」
「その通りです。…私も少し、迂闊でした」
相手の1番打者・岡崎への攻め方が、単調になったことを響は反省していた。隼人の気分に流されるままで、間の取り方が十分でなかったのを、今だからこそ思い出せる。
「思い入れが、強いのだろう」
無理もあるまい、と、楓は思う。
何しろ、隼人にとってはこれが最後の試合だ。しかもそれが、“最高の右腕”と称される草薙大和との投げ合いとなったのだから、力むなという方が難しいだろう。
「響も、な」
「……はい」
それは、隼人とバッテリーを組む“女房”の響にも当てはまる。
「隼人の良さは、マウンドでの奔放さだ。それを、上手く御してやるのが、響の役目だ。感傷を抱くのも無理はなかろうが、お前はそれを、強いて抑えなければならん」
「わかっています」
扇の要を担っている自分が、冷静さを失ってはいけない。隼人と同じように、胸に手を当てながら、響は深く息を吸い込み、時間をかけてそれを吐き出した。
「アウト!」
その最中、2番打者の東尋が、セカンドゴロに倒れていた。三振を免れたのは健闘したといえるが、結局は凡打に終わってしまったようだ。
「さあ、響にも打席が廻るぞ。隼人は必ず、突破口を開くはず。それを、強く念じるのだ」
「はい、監督」
ヘルメットを身につけ、バットを手にした響は、ウェイティング・サークルを出て打席に入った隼人を追いかけるように、彼が今まで立っていた場所にその身を移した。
「………」
左打席に立つ隼人を、響は見守る。幼い頃と変わらない眼差しで…。
(にぃにぃ、頑張って)
その頃に、呼び親しんでいた名を胸の中で呟く。
「ファウル!」
響の声なき真摯な励声を受け止めながら、隼人の打席内での奮闘は続いていた。
「ファウル!!」
草薙大和の“剛速球”に食らいついて、二球連続のファウルを放つ隼人。それは当てにいったようなものではなく、しっかりと自分のスイングで振り切った上での結果だった。
(前の打席より、球が来てやがる。大和も、エンジンがかかると手をつけられなくなってくるタイプなのは、わかっていたがよ…)
想像以上の、ギアの入り方であった。
外、内、内、外、外、と配球を組み立ててきたとなれば、そろそろ“あの球”が来るかもしれない。隼人は、この打席ではまだ一度も見ていない、草薙大和の代名詞である“剛速球(スパイラル・ストライク)”に狙いを定めて、構えに気合を込めた。
大和が大きく振りかぶる。その眼差しに、“鋭さ”を見出した瞬間、隼人は無意識の中で確信を抱いた。
「!」
流麗な投球モーションから、鞭のように右腕がしなり、唸りを上げてそれが振り下ろされる。指先から弾き出された軟式球は、隼人にとってアウトコースの高目となる位置に、目に見えて伸び上がってきた。
(きやがったな!)
カウントを整える直球とは、明らかに球威が違う、例の“剛速球(スパイラル・ストライク)”だ。隼人は、限界まで引き絞っていた全身のバネを一気に解放し、スイングを始動させた。
「喝!」
球威に負けないためには、鋭いスイングが必要だ。バットを長く持ち、ピッチング同様に、豪快なスイングが持ち味の隼人が、指先2本分グリップを余していたのは、そのスイング・スピードをより早くするためである。
長打は、狙っていなかった。
キンッ!!
「!」
“剛速球(スパイラル・ストライク)”の球威と伸びに、隼人のスイングはついていくことができた。バットは空を切らず、“剛速球(スパイラル・ストライク)”を弾き返して、大和の右横を抜ける打球を放った。
当たりは平凡であったが、飛んだコースが良かった。球威に圧されながらも、しっかりと振り切った成果といえよう。グリップを余したことが、二遊間を抜けるセンター前への安打を生み出したのだ。
「よっしゃ!」
一塁ベース上で、隼人が両拳を強く握り締める。エンジンのかかっていた大和に対して、これで多少なりともリズムを乱す一打になるのは間違いなかろう。
とにかく、響の前に走者として塁に出ることを、第一義に考えていたから、それを果たしたことも大きな喜びとなって、隼人の心を躍らせた。