『SWING UP!!』第11話-32
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2回の表は、4番から始まる。“隼リーグ”最小の選手である梧城寺(ごじょうじ)響を、右打席に迎えて、マウンド上の大和は気持ちを引き締めていた。
その体格には似つかわしくないほどの“長尺バット”を手に、一度大きな伸びを見せてから構えを取る。それは、長距離ヒッターが良く見せる仕草であった。
(予想はしていたけど…)
ストライクゾーンが、かなり狭まって見える。左右については、ホームベースに準拠するが、高低に関しては、打者の身長が基準となる。
150センチ級の選手である響は、“隼リーグ”でも突出して小柄である。ゆえに、そのストライクゾーンも、規格外と言うべきほどに狭いものになっていた。
(………)
桜子の要求では、初球はアウトコースへのストレート。高低に余裕がない分、広さを求めるとすれば、それは左右にしかない。
大和は振りかぶって、桜子の構えるミットを目掛けてストレートを投じた。
「!」
ぐん、と身体を大きく捻り、響きのバットが一閃する。“トルネード打法”と航が称した、豪快なスイングだ。体格に見合わないはずの長尺バットが唸りをあげて、外角低めに制球された直球を捉まえにかかる。
ギギン!
「おぉっ!」
鋭い打球が、一塁線に飛んだ。
「ファウル!」
しかし、始めからラインを逸れていたそれは、スピンもかかっていたのか、一気に右側へと軌道を変えて、フェンスに激突していた。
「………」
ファウルゾーンとはいえ、その当たりは鋭く、大和のストレートにタイミングをしっかりと合わせていた。制球を誤れば、長打を食う確率は高いだろう。
(あの体格だから、外側には弱いと思ったが…)
それを補うための、“長尺バット”だということはすぐに理解できた。しかも、あれだけ鋭く振り切れるのだから、ヘッドに働く遠心力も味方に付けて、強烈な打球を飛ばすことが出来る。
どれだけのエネルギーが、あの小さな身体に充満しているのか。大和は少し、戦慄を覚えながら、二球目を投ずるべく、大きく振りかぶった。
「ボール!」
内角低めに投じたストレートは、しかし、ボールを宣告された。通常の打者に投げる低めでは、この打者にとって真ん中寄りのコースになるため、それより低目を狙わなければならないのだが、少し狙いすぎたらしい。
(………)
ストライクゾーンを見定めるのにも、ひと苦労する打者である。それはおそらく、ミットを構える桜子も考えていることだろう。
だが、躊躇はしていられない。意を決して、桜子が出したサインを確認した大和は、大きく頷くや、力強くプレートを踏みしめて、三球目を投げた。
ゴゥッ…!
「!」
右打者の内角高めに、唸りを挙げて伸びていくストレート。“スパイラル・ストライク”である。
「ボール!!」
しかし、本来ならば、伸び上がりながらストライクゾーンを掠めていく“スパイラル・ストライク”も、響ほどに小柄な選手であれば、伸びが強すぎてボール球になってしまう。
(くっ、やはり、か……)
その威力が逆に不利となって作用するという、出くわしたことのない状況に大和は内心、唇を噛んでいた。
カウントはワンストライク・ツーボール。ここは、ストライクがひとつ欲しい。とは言え、ボールを置きにいく甘いコースは、この強打者に対しては命取りになる。
「………」
桜子のサインは、“スパイラル・ストライク”だった。二球連続してその球を要求することは珍しいが、そこに託された別の意図を大和は理解して、響に対する五球目を投じた。
先ほどの“スパイラル・ストライク”よりも、低い位置になるようイメージして指先からボールを弾き出す。
「!」
だが、その“指のかかり”が、いつもの“スパイラル・ストライク”とは少し違うものだという感覚が大和の中にはあった。
ブンッ!
「うっ…!」
大きく捻られた響きの身体から解放された、円運動の凄まじいベクトルが、“長尺バット”を一閃させる。コントロールは確かに内角高めに決まっていたが、“スパイラル・ストライク”としては、球威と伸び具合が、不完全なものであった。
キィン!
「くっ…!」
そのバットから強く弾き出された打球が、今度は大和の右側を痛烈にライナーで抜けていく。
隼人の打球には機敏な反応をした大和だったが、逆手になる方向でもあり、また、打球の速さがその比ではなかったのも重なって、無為にそれを見送るしか出来なかった。
遊撃の岡崎も、必死に追いすがる。だが、横っ飛びで差し出したグラブを掠めもしないまま、響の痛烈な打球はセンター前に抜けていった。