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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第11話-31

(色即是空、か…)
 確か、“般若心経”に出てくる経文のひとつで、この世にある、形あるもの(それを差して“色”という)の全ては“空(無為のもの。あるいは、宇宙的な観念)”に繋がっているのだと言う、仏陀の悟りを示すものだ。更に詳しく説明しようとすると、より専門的な学修が必要になるので今は避けるが、つまり、一定の変化をしないものの、結局のところストレートとしてキャッチャーミットに収まるそれを、“色即是空”と呼び表したのだろう。
「うまいこと、言うもんだ」
 岡崎からの言葉を受けて、ウェイティング・サークルに立つ雄太が納得していた。
「けどよ、“般若心経”って、真宗じゃ読まれないお経じゃなかったか?」
「まあ、そこは今はいいだろう」
 雄太の思いがけないトリビアに、岡崎は思わず苦笑した。
 確かに雄太の言うように、真宗は、現世において功徳を積み、極楽往生への救いを得ることが、教義の要諦となっている。つまり、“色”に心理を見出そうとしていることをはっきりと示しているのであって、“色即是空”という観念を詠んだ“般若心経”は、それもあってか、真宗の根本経典にはなっていない。…余談である。
 その後、ベンチに戻ってきた岡崎は、隼人の投げているボールに興味を示してきた大和と、そのまま会話を交わすことにした。
「ストレートの回転が、投球ごとに微妙に違っている。主にシュート系とスライダー系の二つを、自分は確認できた」
「意図して投げているとしたら、その“色即是空”というのはきっと、“ムービング・ファストボール”のことなのでしょうね」
「ああ。多分、間違いない」
 二人の会話に、ベンチにいるほかの面々も、黙って耳を傾けていた。
 “ムービング・ファストボール”とは、既に述べたように、回転の一定しないストレートのことで、スライドしたりシュートしたり、打者の手元で微妙に変化するボールである。だが、“変化球”という捉え方はされず、一般的には“直球”の分類に入るのが特徴だ。
 実際の話、メジャーリーグの投手たちが投げるストレートは、この“ムービング・ファストボール”がほとんどだ。指先の感覚を鋭くさせ、ボールの回転によってストレートの威力を得る日本人型の投手とは違い、生まれ持った強靭な筋力とバネを生かして、ボールに球威を与えるメジャー型の投手だからこそ、そのボールは活きてくる。
 球威のない“ムービング”は、所詮は回転力を失った“棒球”に過ぎない。変化もそれほどあるわけではないのだから、多少は芯を外れても、強い打球を飛ばすことも出来るだろう。変化に慣れてしまえば、それほど脅威にならないボールである。
 だが、“ファストボール”となると、それは俄然、威力を得たボールとなる。通常のストレートと同じ球威で、左右に微妙に変化するとなれば、これほどやっかいなものはない。
 そして、天狼院隼人が投げている“色即是空”は、紛れもなく“ムービング・ファストボール”そのものだった。
「ストライク!!! バッターアウト!!」
 それを証立てるように、2番の栄村は、内角からさらに内側を抉ってきた“色即是空”に空振りの三振を喫していた。小器用な彼が空振りをするのだから、やはり相当の“球威”を持っているのは間違いなかった。
「捕る方も、大変なのだろうが…」
 手元の微細な変化は、打者以上に捕手の負担が増す。それを、こともなげにこなしているあの小さな捕手は、やはり、実力者であることが分かる。
「アウト!!! チェンジ!」
 3番の雄太は、シュート回転で内側に入ってきたその“色即是空”を、バットの根元で引っ掛けてしまい、セカンドフライに打ち取られた。空振りをしなかったのは、さすがというべきだが、凡打に倒れてしまったのでは同じ結果である。
「守りの勝負になるな。頼むぞ、みんな!」
「「「はい!!」」
 岡崎の発破を受けて、双葉大学のメンバーがフィールドに散っていった。
 その中でも、真っ先にマウンドに向けて駆け出していた大和は、この試合に対する何か躍動するような気持ちを、抑えきれないといった様子でもあった。


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