『SWING UP!!』第11話-29
法泉印大学の1番打者は、大仏(おさらぎ)である。170センチ前後の小柄な体格ではあるが、意外にパンチ力があって、油断のならない右打ちの好打者だ。
「………」
当然、マスクを被る桜子もそれはわかっている。
「ストライク!」
初球は、外角低めのストレート。まずは、相手の様子を伺ってみた。スイングの素振りを見せなかったのは、1番としての役割を果たそうとしているのだろう。攻撃的な1番打者ではあるが、慎重さも兼ね備えている。
「ストライク!!」
二球目は、内角低め。これもまた、大仏は見送った。
(………)
不意に桜子は、ある意図を持って大和にサインを出した。
「!」
少しの逡巡はあったが、大和は頷きでそれに応え、桜子の求めるボールを外角に投じた。桜子の意図を、確認するまでもなく、大和は理解している。
ガスッ…
「!」
途中でブレーキのかかったそれは、ワンバウンドで跳ねる。桜子は、素早いミットの捌きでそのボールを追いきり、後ろに反らさすことなく捕球した。塁上に走者はいなくとも、捕手として、投手の投げるボールは全て受け止めることが大事である。
「ボール!」
ベースの手前だったので、審判はボールをコールした。大仏が、一瞬だけ怪訝な顔つきを見せたのを、桜子は見逃さなかった。
「ストライク!!! バッターアウト!」
万を持して、というべきか。四球目は内角高めの“スパイラル・ストライク”を決めて、大仏を退けた。もっとも、スイングをひとつもしなかった彼は、始めからこの打席を偵察のために捧げていたのだろう。
2番は、東尋(とうじん)である。細身で背の高い、器用そうな右打者であった。
「ストライク!!! バッターアウト!!」
初球に“スパイラル・ストライク”を見せてから、内外角の出し入れと、やはりひとつのワンバウンド・ボールを挟んで、五球目の内角直球で、見逃しの三振を奪った。打席から離れる際に、少し首をかしげていたのは、直前のワンバウンド・ボールに不可思議なものを感じていたからだろう。
「さて、まずは打つほうで、楽しませてもらおうか」
3番は、天狼院(てんろういん)隼人である。よろしくな、と一言を桜子にかけてから、彼は左打席に入った。
(………)
桜子がその構えを見上げる。強靭な体躯を感じさせる、強烈な“バネ”の引き絞りが、強打者としての風格を備えさせていた。打者としても、彼は“隼リーグ”で別格の実力を持っているということがよくわかる。
桜子は、静かにミットを構えた。相手打者の雰囲気に呑まれていては、マウンドの大和を孤立させてしまう。まずは何より、“扇の要”である捕手の自分が、冷静であらねばならない。
(もう、一人で戦わせたりしない)
何があろうと、大和と共に戦う。試合を重ねる中で、桜子が手に入れた、捕手としての矜持と境地である。
大和が振りかぶって、初球を投じた。それは、隼人の膝元を貫く、内角低めのストレートであった。
「!」
引き絞っていた強靭な腰のバネを解き放ち、隼人のスイングが始動した。バットのヘッドが唸りをあげて、強烈なベクトルが大和のストレートに襲い掛かる。
キンッ!
(うっ!)
芯を食らった打球音を、桜子の耳が捉えた。刹那、背中に冷たいものを走らせた桜子だったが…。
バシィッ!
「!」
大和の左横を痛烈に抜けようとした打球は、すぐさま彼が差し出したグラブの中に収まっていた。勢いあまって、二歩、三歩とたたらを踏みはしたが、大和はグラブの中に収めたボールを零しはしなかった。
「アウト!!!」
「大和、ナイスキャッチ!」
センター前に抜けようかという強烈な打球だったが、大和の守備範囲であった。彼のフィールディングは、内野手を務めていたこともあるから、打球に対する判断力も含めて機敏なものがある。
「うーむ。いい当たり過ぎたかよ」
内角を得意としている隼人だったので、初球にそれが来た瞬間、本能的にスイングを始めていた。当たりはよかったが、相手の正面では意味がない。
「だが、まあ、よしとするかな」
それでも、最初の打席でしっかりと、大和のストレートにタイミングを合わせることができた。それをひとつの結果として、隼人は満足した様子を見せていた。