『SWING UP!!』第11話-23
「で、あんたらもだろ?」
不意に隼人が、口元に湯飲みを近づけたまま、大和と桜子をそれぞれ見遣って、ニヤリと笑いながら言う。
「お二人さんから、おんなじ匂いを感じるぜ。相当に深い仲ってのが、丸解りだ」
「「なっ…」」
桜子と大和が、同時に絶句し、赤面した。それがもう、隼人に対する答になっている。
「考えてみりゃ、お互いバッテリーだな。そういうところも、御院の姉御は“似てる”って言うんだろう」
ず、と湯飲みを傾けて、茶を喫する隼人。空いた湯飲みを、すぐさま響が受け取って、急須からほうじ茶を注ぎ、彼の前に改めて差し出した。
「そっちの二人は、“まだ”みたいだな」
「「えっ…」」
隼人の視線は、結花と航の方にも向いた。
「まあ、詮索はよしとこうか」
空気を察したか、そう言いながら、新しく響が煎れた茶を口に運ぶ隼人であった。
「「………」」
結花と航は、煙に撒かれたように何も言えず、互いに視線を交わらせる。
「「!!」」
そして、見つめあっている形になっている自分たちに気づくと、その視線を慌てたように反らして、結花は漬物を、航はお茶を、それぞれ口に運ぶことで、気持ちを落ち着かせていた。
(初々しいねえ)
二人には聞こえないように、隼人は口元を緩ませながら、胸のうちで呟いていた。隣の響も、見守るような視線で、結花と航のことを、微笑ましく眺めていた。
「先に言っとく。実は、大和と投げ合うのを、俺も楽しみにしていた」
二杯目の茶を飲み干して、卓の上に湯飲みを置く。その間、大和に向けられていた視線は、好戦的な色合いが強くなっており、びりびりとした威圧感がはっきりと感じられた。
「僕もです」
それを涼しげに受け止めながら、大和は言う。彼もまた、隼人の雰囲気に煽られてか、珍しくも不敵な表情を浮かべていた。
「全力の全開で行かせてもらうぜ。これが、最初で最後の投げ合いになるだろうからな」
「えっ…」
「後期の頃は、俺はチームにゃいねえ。“寺持ち”になるための修学で、京都の方にいかなきゃいけねえんでな」
しかも、法泉印大学は、課外活動の期間は例外なく3回生までとしている。後期の頃には、京都にある“修学機関”に留学することになっている隼人にとっては、結果として、今年の前期が、最後の野球部員としての活動期間という事になるのだ。
「そう、なんですか」
大和としては、この好敵手と1試合しか対戦できないのが、とても残念であった。
「悪く思うなよ」
その表情を見て、隼人が言う。
「俺にとって、野球は大好きで大事なモンだが、それ以上に、懸けなきゃいけないものもあるってことよ」
響のほうを、見遣る隼人。“懸けるべきもの”として、彼女の存在があることを、その仕草が如実に表している。
「だから、明日の試合は、特に気張らせてもらうぜ」
響が差し出していた三杯目の茶を手にして、隼人はそれを傾けた。
「………」
その仕草を見守る響の表情が、幾分曇っているのは、隼人の心情を察してのことかもしれない。もしくは、明日の試合が、二人で一緒に出来る最後の試合になることを、思い出したからなのかもしれない。
(響さん…)
桜子は、しかし、口に出そうになった言葉を飲み込んだ。何を言ったとしても、当事者ではない自分では、その言葉に何か意味を持たせることは出来ない。
ただ、慕う人と一緒に野球が出来なくなる瞬間が、間違いなく迫っている彼女の心中を慮れば、まるで我が身のことのように、胸が苦しくなるのを桜子は抑えられなかった。