進め!-14
故に、いい加減に朋子には出てきてもらわないといけないわけなのだが――
「……あなたが春樹さんですか?」
「あ、はい。僕が春樹ですけど、あなたは……?」
この研究所内で初めて見るメアに不審な眼差しを向ける。何故ならこの研究所には春樹
と朋子の二人しか居ないはずなのに、その場に違う人間がいたから。
勿論、春樹はメアがロボットであることも自身をお仕置きするための存在だということは知らない。
知らない故に警戒しつつもフレンドリーに話しかける。
こういう時は警戒していることをアピールするよりも何も警戒してませんよ、といった
感じで接した方が都合がいいのだ。
「ワタシは日比谷メアです」
「日比谷……メア?」
日比谷という名前に若干の不安感を抱きながら彼女の言葉の続きを待つ。
「はい。ワタシはマスターが作ったロボットなのです」
「ろ、ロボットってマジ……?」
「はい。なんでしたら触ってみますか?」
両手を広げ、何処を触ってもいいとアピールしてくるメア。
「い、いや……さすがに女の子の身体に触れるのはちょっと……」
「? 構いませんよ? ワタシはあなたに触られても何とも感じませんので」
「何も感じないとかそういう問題じゃなくて……」
「ですが、あなたはワタシが本当にロボットなのか知りたいのでしょ?」
「う……っ、それはそうなんだけど……」
人間となんら変わりのないロボット。もしそんなロボットがこの世に存在するというの
なら、それは世紀の発明だ。それくらいの価値があるモノが目の前にあるとは到底信じることが出来ない。
かと言って、彼女の身体に触れるのには勇気がいる。仮に彼女が普通の人間だったら。
それはセクハラ……いや、痴漢と何一つ変わりがないわけで春樹としては躊躇してしまう。
「何を迷っているのか分かりませんが、ワタシはワタシの仕事をしていいでしょうか?」
「え、仕事……?」
「はい。マスターから重要なミッションを受けています」
「あまりいい予感はしないけど聞いていいかな?」
直感的に嫌な予感を感じとった春樹はメアにミッションの概要を問いかける。
「ワタシのミッション。それは竹内春樹、あなたへのお仕置きです」
平坦な、抑揚のない声でハッキリとミッションの内容を告げる。
「ぼ、僕へのお仕置き……?」
「ええ。マスターはあなたへのお仕置きをワタシに科せました。マスター曰く、何かあな
たが許せないようで、時間のない自分の代わりにワタシにお仕置きをしてくるようにと……」
「そ、そんな何で博士が僕に怒って――っ!?」
何で怒っているんだ? そう言おうとした瞬間、春樹の頭にある光景が蘇ってきた。
『春樹、貴様をお仕置きしてやるからなぁぁぁぁっ!』
前回の胸が大きくなる薬を使った後に言い放った朋子の台詞。その台詞が脳内に木霊する。
「ま、まさか本当にあのことを怒って……」
「マスターが何に対して怒っているのかは分かりませんが、ワタシはあなたにお仕置きす
るためだけに製作されたのですよ」
「な……っ!?」
改めて聞かされる衝撃の事実。一週間も仕事をせずに部屋に引きこもっているかと思え
ば自分にお仕置きをするためのロボットを作っていたという事実に驚きを隠せないでいる。
「は、博士は一体何をしてるんだよ……」
「ですから、あなたをお仕置きするためにワタシを作っていたのですが?」
「いや、そういうことじゃなくて、何でわざわざあなたを作ったのかって話ですよ。僕に
お仕置きがしたいのなら、自分ですればいいのに……」
「……もしかしてワタシは不要な存在なのでしょうか?」
春樹の嘆きに若干の不安を覚えるメア。
一つの生命として作られた傍から存在価値を揺るがすようなことを言われ涙目になる。
「ちょ――っ、誰もそんなこと言ってないって!」
「……本当ですか?」
「ほ、ほんとだよ! 君はすっごく大事な存在だよ! うん、絶対にそうだよ!」
半ば勢いで適当なことを言い続ける春樹。
だが、その勢いが功を奏したのか暗くなっていたメアの表情が一気に明るくなった。
「ワタシは必要な存在なのですね? この世に居てもいいのですね?」
「そうだよ! 君は……えっと、メアさんだっけ?」
「はいワタシは日比谷メアです」
「メアさんは此処にいてもいいんだよ! メアさんは生まれるべくして生まれたんだよ!」
何度も必死に励ましの言葉を投げかける。やはりロボットとはいえ女性に泣かれるのは
辛いモノがあるから。春樹も必死でメアの笑顔を取り戻そうとしている。
「そうですか……ワタシは存在してもいいのですね」
「うん。メアさんは凄く必要な人だよ!」
「では、ワタシはワタシのすべきことをしていいのですね?」
「うん…………ん?」
「初めは不要を言われてショックを受けましたが、こうしてあなたがお仕置きを受け入れ
てくれてワタシは嬉しく思います」
「あ、いや、ちょ……ちょっと待って! 今何かがおかしかったよね!? また僕をお仕
置きするみたいな流れになってたよね!?」
「はい。それがワタシの存在意義でマスターから与えられたミッションなので」
「いやいやいや、それ以外にも存在意義はあると思うんだけどなぁ……」
「竹内春樹。あなたはグチグチと文句の多い方ですね」
「いや、文句も多くなるよねこれ!?」