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ライブの後半、陽向が明らかに苦しそうだったことに湊は気付いていた。
楽しそうに歌っている。
きっとみんなにはそう見えていたと思う。
陽向は苦しさを押し殺して最後までやり遂げた。
終わった後、心配になり裏に駆け込むと、陽向が倒れていた。
肩で息をする中、この間と同じようにヒューヒューと喘鳴が聞こえていた。
酸素が薄く呼吸ができない上に、発作も起こしてしまったようだった。
湊は周りの人を押しのけ陽向を抱き上げ、楽屋に飛び込んだ。
陽向のバッグを漁り、吸入器を肩で息をする陽向の口にくわえさせる。
シュッと押すと、陽向は小さく息を吸い込んで虚ろな目を閉じてしまった。
落ち着いた頃、陽向をおんぶして駐車場まで向かう。
助手席に乗せてドアを閉めると「五十嵐」と声を掛けられた。
「おう。お疲れ」
見ると、神妙な面持ちをした大介が立っていた。
「こいつ、家まで送ってくわ」
「え？」
「家、同じ方向だし」
「そーなんだ。てかさ…こんな時に言うのもアレだけど…」
大介はハッキリした二重の目を湊に向けて言いづらそうに口を開いた。
「付き合ってんの？」
「そーだよ」
「そっか」
「なんで？」
「…なんとなく。気を付けて帰ってな」
「ん。サンキュ」
湊は車に乗り込み、エンジンをつけ車を走らせた。
隣では陽向がぐったりして眠っている。
無理もないか。
息が止まりかけたのだ。
思い出すだけで鳥肌が立つ。
あのまま止まってしまっていたら…考えたくもない。
目の前の信号が赤になる。
ブレーキをゆっくりと踏む。
湊は隣で眠る陽向の小さな右手をぎゅっと握りしめた。
陽向の住むマンションに着く。
身体を支えながら部屋に入りソファーに座ると、陽向は大粒の涙を零した。
「最悪だ…今日…」
湊は泣きじゃくる陽向をぎゅっと抱き締めた。
「っう…う…」
「陽向…」
「なんで…今日なのっ……みんなに…申し訳ないっ…」
「最後まで頑張ったお前は偉いよ」
優しく髪を撫でる。
「もう…8月までライブできないのに…」
そうか。
もう実習が始まるのか。
陽向にとって、今日は大切なライブだったに違いない。
「今日の練習、すごい良かったんだよ！」と、嬉しそうにこの間話してくれたのを覚えている。
きっと、すごく楽しみにしていたんじゃないだろうか。
陽向はしばらく泣いていた。
ゆっくりと背中をさする。
何も言葉が思いつかない。
湊は黙って陽向を抱き締め続けた。
「俺さ…」
湊が口を開いたのは1分以上も経った後だった。
「このままお前の息が止まっちまうんじゃねーかって思って、すげー怖かった…」
愛おしい身体をきつく抱き締める。
「お前が今日のライブが最悪だったって思ってても、俺はお前がこーやってここにいるだけでめちゃくちゃ安心してんの」
湊は陽向の頬を伝う涙を親指で拭った。
泣き腫らした陽向の目と鼻は真っ赤だ。
「…怖かった」
またボロボロと涙が零れる。
「苦しくて、死んじゃうかと…思った…」
「苦しかったな…でも、よかった…」
できることなら代わってやりたい。
陽向はいつになったら、喘息から解放されるのだろう。
大人になったら治ると誰かが言っていたが、陽向の場合はそうじゃないらしい。
神様は不公平だ。
一生この病と付き合っていかなきゃいけないのだろうか。
湊は泣き疲れてウトウトし始めた陽向を抱き上げ、ベッドまで連れて行った。
布団をかけて、そこから少し出た小さな手を握る。
朝までここにいてやろう。
湊は陽向の寝顔を見ながら目を閉じた。