7-2
「おぉ、久しぶり。元気にやってる?」
その電話は、俺が以前活動拠点にしていた駅で出会った、同じく弾き語りをしている下島君という一歳下の奴からだった。
『おかげさまで。今、桜井さんイベントとか入ってます?』
「いや、ここんとこ予定はないね。ライブのお誘い?」
俺はスマートフォンを耳に当てながら鞄の方へ歩いて行き手帳を取り出した。
『トリビュートイベントなんですよ、今関さんの』
ペンを落としてしまった。危うく棚の下に転がっていくところだった。その名前に過剰に反応してしまうのは、今関さんのせいなのか、もしくは。
「うん、それって今関さんの曲をやるって事?」
俺の声に反応して、キリがこちらを見ている。真顔だった。
『はい。僕が仕切りで。それで桜井さんに、濃霧の向こうを歌ってもらいたいと思ってて。どうすか?』
今関さんが作詞作曲を手がけた曲の中で、俺が一番好きで、一番よく聴いた曲だ。
「俺でいいなら。で、いつ?」
俺は日付を聞き、電話を切った。「濃霧の向こう」なら、コード進行は大体頭に入っている。歌詞さえ用意していけば、歌えるだろう。手帳に「ライブ」と書き込み、手帳を鞄にしまっていると「誰から?」と声がかかる。
「前に一緒の駅で弾き語りしてた友達でさ。今関さんのトリビュートライブをやるってんでその連絡」
俺はスマートフォンで歌詞サイトを検索し、「濃霧の向こう」の歌詞を表示した。それからA4用紙を引き抜いてきて、歌詞を書き写し始めた。
「濃霧の向こう?」
「うん、キリも知ってる?」
こくん、と首が動く。ペンの動きをじっと見つめている。
「俺、今関さんの曲の中でこの曲が一番好きでさ」
「私も好き、これ」
俺のへらついた顔とは対照的に、真剣な目で俺が書いた文字を追っている。まるで食らいつくように、だ。
「明日の弾き語りでこの曲、やる?」
「やらないよ、だって他人の曲だぞ。イベントの時しかやんねーよ」
そっか、と呟き、それからもじっと歌詞を見つめていた。