『秘館物語』第2話「訪問者」-29
それにしても、兵太に対する望の言葉遣いはかなりくだけたものになっている。それは、何度も彼がこの館に訪れるうちに、打ち解けてきたことの証であろう。
もちろん、志郎の前ではそれを改めるが、兵太の意向もあり、普段の交流では堅苦しい言葉遣いは脇に置くようにしていた。
それだけ、二人は気の置けない友人同士だと言うことである。
「…志郎はんとは、どうなんや?」
当然、その関係も彼は熟知している。
「話題を反らしたわね。…変わりは、ないわ」
それに対する望の言葉は、微妙なものであった。
「そうか」
しかし、兵太はそれ以上の詮索をしなかった。野暮に感じたからだ。
志郎の話を持ちかけたのは、望の言うとおり、話題を反らす目的もあったが、望の口から志郎の様子を聞く目的もわずかにあった。
そして彼女が“変わりはない”と言うのであれば、それが何よりの真実であり、それ以上の言葉は必要なかった。
「碧はんは、どうやら坊ちゃんと熱々みたいやな」
「そうね。あの子も、なかなかやるわ」
「まぁ、坊ちゃんにとっちゃ、今は元気の種になっとるから、ええことなんやけど」
「そうね。でも、仕事に支障が出てくるまでになっちゃうと困るんだけど。この前なんてね…」
棚一段の皿を全て破壊した“新・碧伝説”を望は暴露していた。
「はは、それも相変わらずみたいやな。でも、やで……」
「え?」
「結構、明るうなったと思うんや」
「そうね。それは、そうかも」
「うん」
本当は、“明るくなった”というよりは、“艶やかになった”と兵太は言いたかったのだが、それを言うとまた望に茶化されそうなのでやめておいた。
(一番変わったのは、碧はんかもしれん)
浩志の存在が、彼女に変化をもたらしたのであろうが、それは兵太の目には大きな“前進”に思えた。
自分が“訪問者”としてこの館に来たのは、確かに双海の意向もあったが、それぞれの状況を確かめる意味もある。浩志のこともそうであるし、望と碧の二人の女性もそうだ。
…そして、志郎のことも例外ではない。
(志郎はんは、何を“遺そう”としとるのか…)
むしろ、兵太が最も気がかりなのはそのことである。
“秘館”と称されるこの籠の中で、彼が何を思い、何を形にしていこうとしているのか…。
それを見届けることも、“訪問者”としてこの館に通いつづける自分の使命だと、兵太はひとり考えているのだった。
―第3話「分岐点」に続く―