『SWING UP!!』第10話-32
「………」
その誠治が一塁の守備位置に戻ってきたとき、航は目が合った。
「航君、大きくなったね。それに、いい選手にもなった」
「ありがとうございます」
やはり、覚えていてくれた。航は一瞬、嬉しさがこみ上げてくるが、それを慌てて押し込む。
「みの姉……美野里姉さんが、心配してました」
そして、あえて感情を込めずに、そう言った。
「連絡、してあげてください」
返事を聞くつもりはなかったが、それだけは伝えたかった。
「………」
誠治からは何も反応はない。航はそれも予想していたので、言うだけのことは言ったと自分できりをつけて、打席に入る岡崎の姿を確認しながら、一塁ベースからわずかに足を離した。
その、瞬間だった。
ぱし…。
「え」
気がつけば、誠治のグラブが自分の胸に押し当てられていた。そのグラブの中には、軟式ボールが収まっていた。
「アウト!!」
“隠し球”である。
よくみれば、マウンド上の関根は、プレートに全く足をかけていない。もし、ボールを持たないままプレートを跨っていれば、その瞬間に違反投球(ボーク)となるので、彼はその側に立つだけで、一歩も動いていなかった。
((しまった!))
航は、トリック・プレーに嵌められた自分を、大いに悔やんだ。一塁コーチボックスに立つ若狭も、それを防げなかった迂闊さに、自らに対して舌打ちをしていた。
「いい選手になったのは間違いない。だけど、試合に集中しきれないようでは、まだまだ、ということろですね」
航が口にした言葉については、全く意に介した様子もなく、誠治はグラブに収めていた軟式ボールを投手・関根へと投げ渡していた。
「くっ…」
航は歯噛みしたが何も言えず、誠治に背を向けるとベンチへ帰っていった。
「Non,ボーンヘッドでございますよ。気をつけるのです」
「まあ、なんだ。一声かけろと言った手前、あんまり強くいえないが…。要注意な、航」
ベンチの中では、さすがにエレナや雄太から注意を受けていた。相当に悔しい思いを、航は抱いたであろう。また、義姉の美野里の名前を出しても、全く反応しなかった誠治に対して、航にしては珍しい“憤懣”の情を感じていたのも間違いあるまい。
「アウト!!! チェンジ!」
二死・二塁となって、1番の岡崎に打順は廻ったが、“隠し球”というトリック・プレーによって勢いをそがれた今、さしもの岡崎もそれを覆すことは出来ず、外角のシュートにいい当たりを放ったものの、ショート正面のライナーに倒れて、結局、双葉大学は好機を逸してしまった。