『SWING UP!!』第10話-29
【双葉大】|00 | | |0|
【仁仙大】|0 | | |0|
6番の吉川は、フルカウントまで持ち込んだもののセカンドゴロに打ち取られ、双葉大は2回表も三者凡退で攻撃を終了した。4番・桜子と、5番・大和の強打が、相手の好守備に遮られ、勢いを止められた感がとても強い。
2回の裏、仁仙大学の攻撃は、4番の安原誠治からである。
「………」
待ちに待った、誠治との対戦。そのはずだったのだが、大和の心は、リーグ戦が始まる以前のそれに比べて、躍るものに陰りが見えた。
(まだ、気合が足りないのか)
かかりの遅い自分のエンジンを鼓舞するため、“ノーサイン”で投球を任せてくれた桜子に応えるべく、“スパイラル・ストライク”を連投した。
腕の振りも、リリースも、全く問題のないそれは、しかし、大和には何故か、今までよりも威力のないものに思えて仕方がなかった。二者連続三振を奪い、3番打者をポップフライに打ち取ったにも関わらず、である。
それは完全に、心理的なものでしかない。しかし、当事者の大和がそれを評価できない以上、陥穽から抜け出すのも容易ではないところだった。
安原誠治が、右打席に入った。現在のところ、4打数4安打4本塁打という、驚異の10割打者である。
(見た目は、そう思えないけれど…)
華奢な風貌で、構えにも力感はない。しかし、ゆったりとリラックスした構えから、バットをまるで神主のように体の正面で捧げ持つそれは、“神主打法”と名高い構え方であった。
“神主打法”は、インパクトの瞬間、バットに全てのパワーを注ぎ込み、瞬発的な爆発力を打球に与える打法である。長打を見込める反面、タイミングの取り方に非常にコツがいるため、“長距離打者”かつ“上級者”仕様といってよいバッティングフォームだ。
初戦で残した成績、そして、“神主打法”の構え方から見て、安原誠治がその見た目とは違い、長打志向の打者であることは歴然としていた。
(油断は、できない)
プレートに足をかけ、大和は振りかぶる。桜子からのサインはなく、彼女は、自分の投げる全てを受け止める意思を見せ続けている。
それに応えるだけのボールを、放らなければならない。
「ストライク!」
内角高めを鋭く貫く、“スパイラル・ストライク”が決まった。誠治はそれを悠然と見送っていたから、初球はどの球が来ても振る気はなかったのだろう。
(まだだ)
誠治の様子も気にかけることはなく、大和はいまだ確たる手応えを得られない自分に歯噛みする。
(まだ入り込んでいないのか、この試合に)
心の中に浸み込む様なもやもやが、大和の中で解消できない。試合のマウンドに立てば、それも忘れられるかと期待したが、むしろ、マウンドの上で独りになることで、それは逆に、際立った形となって、大和の心を侵食してきた。
葵との再会は、それほどまでに大和を苦しめていたと言える。
「!」
二球目。当然、投げる球は“スパイラル・ストライク”だ。鋭く振られた右腕から弾きだされた球威のあるストレートが、内角高めに向かって、うねりをあげながら伸びていく。
す、と、誠治の身体が、動いた。なにか、束縛していたものが解き放たれた瞬間のように、エネルギーを一気に集約させたスイングが、強烈なベクトルとなって、大和のストレートに襲い掛かる。
キィン!
「え……」
軽く振り抜かれたようにも見えた。しかし、“スパイラル・ストライク”は、桜子のミットを高く鳴らすことなく、誠治のスイングに浚われたまま、高々と空を舞う打球となっていた。
そしてそれは、そのまま失速せずに、レフトスタンドに飛び込んだ。