『SWING UP!!』第10話-28
「今日の彼は、随分と強引な配球で入ってきましたね」
ウェイティング・サークルに立ってはいたが、結局この回は打席が巡ってこなかった誠治。ヘルメットを外しながら、ベンチへ向かうと、それをすかさず受け取りに来た選手に渡し、代わりに受け取った帽子とグラブを身に付けて、グラウンドへと早足で向かっていった。
直前でアウトに取られた六文銭が、少し遅れて三塁の位置に戻っていく。誠治は、マウンドに立つ関根に一声かけると、そのまま守備位置である一塁に行くのではなく、三塁手の六文銭がいる場所に足を向けた。
そのときに発した彼の言葉が、冒頭の一文である。
「内角高めに相当の自信があるのは知っていましたが、全てそれでくるとは」
「狙っていたがな。それでも、振り遅れてしまった」
それぐらい、内角高めに投じられた“あのストレート”は、球威のある球だったという事だ。
「僕にも、全部あれできますかね?」
「そうならいいがな。お前なら、打てるだろう」
「買い被ってはいけませんよ。……まあ、打ってみせますが」
涼しい顔で、誠治は言った。六文銭は、相変わらず飄々としながら、それでも我の強い一面を隠さない相棒の一言に、その強面を珍しくも、微かに綻ばせていた。
(内角高めの“あの球”は、確かに威力のあるボールです)
主審に促され、一塁の守備についた誠治は、打席に立つ相手の4番打者を視線で追いかけながら、それでも、思考は相手投手の投じた“剛速球”に照準を合わせている。
初戦の城南第二大学の打線を完全に牛耳り、文字通りの“完全試合”を達成した剛速球だ。
(血が、騒ぎますね)
早く打席で、その“剛速球”と対戦したい。知らず、心中で舌なめずりをしていた誠治だったが、
ドガキン!
という、強烈な打撃音の後で、自分の真横を低空の弾道で鋭く飛んできた相手の4番打者の打球に対し、機敏な動作でそれに飛びついて、いとも簡単にグラブの中に収めていた。
「アウト!」
彼は、例の“剛速球”に集中していながら、打席に立つ相手の動向にも“集中”していたのである。
「安原さん、助かったぁ! ありがとうございます!」
マウンドに立つ先発投手の関根が、誠治のファインプレーに安堵と賞賛の声を挙げている。彼は打球の音を聞いた瞬間、安打を浴びたと観念していた。それを、横っ飛びでグラブに収めてくれたのだから、感謝の言葉も口をつくというものだ。
「関根君が、いいところにきちんと投げているから、守備範囲に打球が飛んでくるのです。この調子で、どんどん行きましょう」
「ハイ!」
その関根君に、ファーストミットに捕まえたボールを投げ返すと、誠治は再び、例の“剛速球”に対して、その思考を深めていった。
(何があったか知りませんが、前の試合ではかなり出し惜しみをしていたはずなのに…)
全体の配球としては、20球にも満たないのではないかと、誠治は思う。おそらくは、それが相手バッテリーの作戦だったのだろうとも…。
(それがこの試合では、いきなり連投してきた)
自分たちを警戒してのことなのだろうが、それにしてはやはり、強引な配球であることは否めない。
(ふむ)
ともかく、次の回には間違いなく廻る自分の打席で、それを確かめなければならない。
「アウト!!」
相手の5番打者が、レフトの深い位置まで打球を運んだものの、それを味方の左翼手が好捕していた。いい当たりを連続して二本打たれたが、結果としては二死を奪ったことになる。悪い流れではない。
「阿藤君、ナイスプレーです!」
当然、誠治はその光景もしっかりと追いかけていて、好手を見せた左翼の阿藤君に見えるように、高々とグラブを掲げて見せた。
連続した好守備に、仁仙大の士気が高まっていく。勝敗の行方を決める、“流れ”の揺らぎが、少しずつこちらに向いて来るのが、誠治にはよくわかった。
(これは、次の打席で……勝負を決められるかもしれませんね)
そして誠治には、その自信が間違いなくあった。