2 魔眼の王子-2
眼が覚めたのは、つい先ほどだ。
気付いたら、この見知らぬ部屋で寝かされていた。
大きな窓は、深紅のカーテンで閉ざされ、調度品は乳白色の猫足家具で調えられている。
魔法灯火が輝くシャンデリアも、小さいが極上品。
部屋には誰もいなかったが、魔眼で見張られていたのかもしれない。
アレシュが部屋に来たのは、眼が覚めてすぐ後だったから。
竜騎士団の制服は、シンプルな白いナイトドレスに着替えさせられ、一束に縛っていた髪も解かれていた。
背中までのプラチナブロンドが、怒りとともに揺れる。
最後に見たナハトは、薄紫色の巨体を川辺で丸め、すやすや眠っていた。
戦場の空を、あれほど勇敢に飛び回るナハトが、王子の魔眼を一目見ただけで……。
「畜舎で気持ち良さそうに眠っている。そんなに怒らないでくれ」
悪びれもせず、アレシュは肩をすくめる。
「まだ体も辛いはずだろう?飛竜までは運ぶ事になるとは思わなかったから、城へ帰るのに魔力が足りず、君のを分けてもらった」
「は……?」
しばらく、アレシュの言葉を脳内で反すうしてから、さしあたってまず、最初にするべきだった質問をした。
「ここは……どこなのだろうか?」
「俺の管理している城だ。ストシェーダの辺境。君がいた川辺から、徒歩で……まぁ、一ヶ月の距離かな」
「……」
もう一度、気絶しそうになったのを耐え、次の質問。
「……魔力を分けたとは?」
魔力の受け渡しは、そう簡単ではない。
一度、魔道具に入れたものを渡すのは可能だが、それにだって技術がいる。
「魔眼は眠らせるだけが能じゃない」
金色の細かな模様がかすかに光り、それに見据えられた途端、カティヤの身体から、更にヘナヘナと力が抜けていく。
「……っ」
軽い眩暈をおこしたカティヤを抱きかかえるように支え、アレシュは隣りに腰を降ろした。
「こうやって、吸い取る事もできる。近距離に限定されるが」
「離……し……」
「悪かった。カティヤの魔力は美味いから、つい吸いすぎた」
空いている片手で、気遣わしげに前髪を撫でられた。
こんな風に女性扱いされる事に慣れていないから、布越しの体温に、心臓が跳ね上がる。
竜騎士団で、女性はカティヤだけだが、着替えや宿舎は別にするとしても、特別扱いはしないようにと、団長の兄に頼んでいた。
甘えを無くす意味もあったが、それ以上に、自分が女だと意識したくなかった。
「……アレシュ王子。あのペンダントは、川辺に落ちていたものを拾っただけです」
震える両腕で、真っ赤になった顔を隠しながら、カティヤは途方にくれて呟く。
二ヶ月ぶりにまとまった休暇がとれ、ナハトの背に乗って帰省する途中だった。
故郷のガルティーニ山岳では、数週間前に大雨が続き、がけ崩れが起きた他、川の様子も変化があったと聞いていた。
ナハトのお気に入りだった場所は無事かと、川辺に降りた時、流木にひっかかっていた古いペンダントを見つけたのだ。
なにげなく拾い上げた瞬間、宝石が突然光りはじめ、目の前に魔眼王子が現れた。
「このペンダントは、君だけに共鳴する」
切れていたチェーンは、新しいものに取り替えられていた。
腕を下ろされ、抗う力さえ残っていないカティヤの首に、再び魔法の首飾りが付けられる。
宝石は、王子の言葉を証明するように、微力な光をまといはじめた。
「だから、俺はやっと君を見つける事ができた」
黒と金の魔眼が、真摯にカティヤを見つめている。
「でも……どうして私が……?」
わからない事だらけだ。
しかし、アレシュは途端に拗ねたような表情を浮かべだ。
「教えない」
「え?」
「俺は、十七年も君を忘れた事がなかったのに、君はまるで憶えてない。
そんな薄情な相手に尽くす礼儀はないな」
「な!?」
「十七年前に君は、俺と結婚してくれると、約束した」
完璧に拗ねた顔の王子に、呆れる。
「貴方は子どもか!!
十七年前なら、私は三歳だ。憶えてもいないし、万が一事実だとしても、そんな子どものたわ言など……」
「当時は俺だって、八つの子どもだった。
それに君は、絶対に忘れないとも約束したぞ……と、いうわけで」
絶句するカティヤの鼻先に、ビシッと指が突きつけられる。
「自力で思い出すまで、絶対に教えてやらん!!」