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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第9話-9


「片瀬」
「な、なによっ……」
 生活支援館を出るなり、駆け足になった結花。それを追いかけるように、航もまた早足になっていた。
「無理するな」
「な、なにがよっ。誰が、無理してるって言うのよ」
 言葉尻が、既に怪しくなっている。
「あ、あんたに慰められることなんて、なにもないわっ!」
「そうか」
 だが、結花の言動と表情と行動で、航は全てを察している。
「でも、だ」
「なによ…」
「無理するな」
 ぴたり、と結花の足が止まった。それに倣って、航の足も止まる。
「あんた、わたしにどうして欲しいわけ……?」
 ぎろり、と鋭い眼光をたたえて、結花が振り向いた。それに射掛けられても、航の朴訥な表情は全く揺るがない。
「片瀬が今、一番したいと思ってることを、遠慮なくやって欲しい」
「………」
 ぐ、と結花の鋭い眼光に、揺らぎが生まれた。
「見られたくないなら、俺が壁になるから」
「………!」
 ぽろぽろと、結花の瞳から雫がこぼれていく。
「……うしろ」
「ん?」
「うしろ、向きなさいよ!」
「わかった」
 結花の言うように、くるりと背中を向ける。
「……見るな」
「ん?」
「こっち、絶対に見るな!」
「もちろん」
 なんだったら、耳も塞ごうか、と航は付け加えた。
「よきにはからえっ!」
 訳の分からない物言いが聞こえてきたかと思ったが、
「う……うわあああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 刹那、耳をふさいでもその奥にまで響いてくるほどの慟哭が、航の背中に叩きつけられた。
「………」
 何も言わず、指一本動かさず、それを背中で受け止める。
 予備校でずっと見てきた彼女の頑張りの理由が今分かったから、航は自分の持つべき言葉は何もないことを、理解していた。
 できることといえば、結花をひとりにしないことだ。そして、思うままに感情を弾けさせて、胸の中に渦巻いているものをひたすら開放させることだ。
 それを見届けてやれるのは、自分しかいない、と、航は思っていた。
「うっ……うっ……うぅっ……」
 慟哭が収まって、しゃくりあげるような呼吸に変わる。

 しゅくしゅくしゅく、ちーん…

 と、背中をティッシュ代わりにして可愛く鼻をかまれても、航は一向、気にする素振りを見せなかった。
「……ありがと」
 沈黙を少しだけ挟み、囁くような結花の声が耳に届いた。
「なんか色々ありすぎて、一気に疲れちゃった……」
 背中に感じる結花の重みが、まだ消えない。そして、それがある限り航は、1ミリたりとも動くつもりもない。
「実を言うと……予感は、あったの」
「?」
「センパイ、高校のときに比べて、すごく“明るく”なってたから……ひょっとしたら、“いい人”ができたんじゃないかなって……漠然とね……」
 まあそれが見事に当たってたんだけど、と、結花は言葉を繋げた。
「入学初日の、再会初日で、いきなり失恋ですか……痛いなぁ」
「………」
「でも、センパイにあんな顔させるんだから、多分、わたしじゃ、敵わない…。二年も時間あったのに、わたしには、できなかったんだもん…」
 また、声に湿り気が出てきた。
「あーあ、ざーんねん。でも、あんな“明るい”センパイを見てるのも、悪くないかなーなんて、思ってるわたしって、お人好しだよねぇ」
 しかし、それはもう、泣き声にはならなかった。
「……ちょっと。黙ってないで、何か言いなさいよ。わたしばっかりしゃべって、実に不公平極まりないわ」
 軽口が出るくらいには、元気が出てきたらしい。
 いきなり気持ちの切り替えが出来たとは思っていないが、その軽口を耳にして、背中に感じていた重みが多少は軽くなった気のする航であった。 
「ちょっと、木戸ってば。気取ってないでさ……」
「片瀬」
 だとしたら、結花には聞いておいて貰いたいことがあった。
「実は俺も、草薙先輩が目標でここに来た」
「………」
「でも、もうひとつ、理由がある」
「……?」
 航は、振り向いた。それは、結花の顔を見て、きちんと伝えたいことだったからだ。
「俺は、片瀬と、野球がしたかったんだ」
「!」
 泣き腫らして、紅くなった目を、結花は丸くしていた。


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