『SWING UP!!』第9話-36
「あ、ふ……くっ……んっ……」
くちくち、と指に感じるグロテスクな手触り。以前だったら身を竦ませていたその感触だが、結花はそれを忘れたように、指から生まれる心地よさに没頭する。
「あ、あぅ……ん……んんっ……」
ぴちゃ、ぴちゃ、と水だまりに糸を引いて垂れ落ちる濃度の高い淫蜜。ペーパーは既にその指から離れ、水だまりに落とされて、儚くもその全身を水浸しにしていた。
(指……指が、ヌルヌルしてる……)
湿り気を生み出す部分の周辺を、中指と薬指で擦る。指先にヌメリが纏わりついて、それが滑らかなすべりを生み出し、結花の劣情を煽る。その感触をもっと愉しみたくなって、結花の指使いは、遠慮がちだった最初のそれに比べて、怪しく蠢くものに変わった。
「あっ、んっ、んぅっ、くっ……」
擦りつけの“自慰(オナニー)”とは違う、直接的な官能は、早々と結花を高いところまで連れて行こうとしている。
(はやく、もどんないと……いけない、のに……)
それでも指を止められない。だとしたら、少しでも早く、昇り詰めるしかない。
(そうじゃないと………ウ*チ、してるって、思われちゃう……)
“それ”は、乙女としては、恥じらいの極地とも言えよう。もっとも、“それ”を感じさせるほどの時間を既に、航には待たせているのだが…。
「あ、んっ、くうぅっ、あぅんっ!」
航に意識が向くと、体の中の官能は一気に膨れ上がった。指の蠢きが素早くなり、腰の辺りに集まってくる愉悦が、すぐにでも弾けそうになる。
擦りつけの“自慰(オナニー)”のときは、もう少し我慢をして、気持ちのいい時間を先延ばしにするのだが、今は状況が状況なので、昂ぶりをそのまま押し上げていく。
「んっ……!」
びくっ、と身体に震えが走った。しゃがみ込んでいる格好なので、力の入っている太股から震えが強く伝播して、膝小僧がガクガクと激しく痙攣した。
「っ……ん……う……!」
絶頂に伴う、弛緩と硬直。
「………う、うう〜」
それが沈静を迎えたとき、結花は頭を抱えたい気持ちになった。
(わたし、なにやってんの……アイツを、待たせて……オ、オナってるなんて……)
しかも、これまでとは違い、指で直接弄って果てたのだ。それぐらい、時間としては短かったが、ひどく興奮してしまったということだ。
(は、はやく戻ろう。でないと…)
航に愛想を尽かされるかもしれない。“一緒に帰っている途中で、トイレに寄って、ウ*コをするような女の子”だと、思われて…。実際していたのは、それより凄いことだが。
「ご、ごめんね。お待たせ」
待たせてしまった時間は、完全に“大きい方をしていた”と、想像させてもおかしくないものだった。しかし、航は、当然だが何も詮索せず、いつもの朴訥とした表情で、
「じゃあ、帰るか」
と、言ってくれた。
そこに、無駄に時間を待たされたという否定的な感情は何も浮かんでいない。結花が済ませるべき用事を、きちんと済ますことが出来てよかったという、安堵の様子があるだけだ。
何処までも純朴で優しい、そんな航の表情だった。
(あー)
もう、結花は観念した。誤魔化して、押し隠して、やり過ごそうとしていた自分の感情を、どうにもならないぐらいに自覚してしまった。
(わたし…)
自分を護るように、車道側を歩く航。彼は多分、無意識でそれをしているのだろうが、その行動の一つ一つが、結花の心を捕らえて放さない。
(わたし、きっと…)
結花の自宅にたどり着き、いつものように軽く手を振って、“また、明日”と、背中を向ける航。そのときに胸に宿る、猛烈な寂しさ。
曲がり角で見えなくなるまでその背中を見つめて、ちょっとだけ振り向いてくれないかな、と抱いてしまう淡い期待。
(好きに……なっちゃったんだ……アイツの、こと……)
失恋してからわずか一週間ほど。移り気な自分が許せなくて、認めたくなかった感情を、結花はもう、どうしようもないくらい認めざるを得なくなっていた。
(どうしよう……アイツのこと……好きだよ、わたし……どうしよう……)
火照りの止まない頬を抱えて、立ち尽くしたまま懊悩するその姿。
それはまさに、“恋する乙女”そのものだった…。
−続−