★★★★-1
4月の上旬。
今日はガイダンスだ。
午前8時、陽向は湊に叩き起こされた。
「寝起き悪過ぎだろお前」
「…だって」
湊が作ってくれた朝食を半寝で食べる。
朝食を食べるのなんて何年ぶりだろうか。
いつも寝坊して起きてすぐに学校へ行っていたので、陽向の中では朝食など存在しなかった。
しかし今朝はせっかく湊が作ってくれたのだから、食べなければ…。
でも眠い。
「つーか昨日あんなデカい地震あったのに、今日ガイダンスあんだな」
「ねっ。休みになるかと思った。電車止まってたらどーするんだろーね」
昨夜、大地震が起こった。
4時頃だったので、夜と言うより朝だろうか。
地響きのような音がしたと思ったら、突然震度5強の地震が起こったのだ。
震源地はここからは遠いが、自宅でもあの震度だ。
テレビでは、震源地では震度6強だったと伝えている。
「湊!!」
地震が起こってすぐ、陽向は湊に電話した。
昔から地震だけは怖くて嫌で、よく泣いていた。
昨日も余震がまだ来るかと思うと怖くて、いてもたってもいられなかったのだ。
『地震へーきだった?』
「へーきじゃないっ…」
泣きながら電話したのが4時ちょっと過ぎ。
その数十分後、湊が家まで来てくれたのだ。
「…ったく、お前は。地震ごときでピーピー泣いてんじゃねーよ」
布団の中でうずくまる陽向に向かってブツブツ文句を言いながらも、湊は一緒に寝てくれた。
「地震やなの。怖い」
「よしよし、怖いの怖いの飛んでけー」
「何それ。バカにしないでよ」
「バカにするっしょ」
鼻で笑いつつも、優しく抱きしめてくれた。
「余震くるかな?」
「来そうだな」
「どーしよ…」
「んなこと考えんな」
考えるなと言われても無理だ。
何も考えないようにすればするほど考えてしまう。
ビクビクする陽向とは裏腹に、湊は隣で爆睡し始めた。
陽向は結局明け方まで眠れなかった。
コーヒーをすすった後、あくびを噛み殺す。
その時、湊が「ふっ」と笑った。
「何笑ってんの」
「あくび小っさ」
「今のは本気じゃないもん」
「あくびに本気も何もねーっしょ」
「あるの」
くだらない会話を続けながら食事を終え、準備を済ませる。
そういえば、まだ誰にも付き合っていることを言っていない。
今日、一緒に学校へ行ったら変に思われること間違いないだろう。
「ね、先行って」
玄関で靴を履く湊の背中に声をかける。
「なんでよ」
「一緒に行ったらバレちゃうじゃん。付き合ってるの」
湊は「んー…」と考えた後、分かったと言って先に家を出た。
湊が出て少ししてから陽向も家を後にした。
エレベーターで1階まで降りて、マンションのドアを開ける。
少し春の匂いを帯びた風が身体を吹き抜ける。
「おせーよ」
「へっ!?ち…ちょっと!なんでいんの?」
驚いたことに、湊がマンションの入り口で待っていた。
「先行ってって言ったじゃん!」
「いーじゃん」
「なんでよ…もー」
「とか言って本当は嬉しいくせに」
陽向はため息をついて湊の隣を歩いた。
学校付近の交差点に差し掛かった時、さすがにヤバイと思い、湊から離れて歩いた。
「おい」
少し先から湊に呼ばれる。
「見つかっちゃう。やだ」
こんなとこ見つかってしまったら、湊に思いを寄せている女達にものすごい怒りの眼差しを向けられそうだ。
それでなんやかんやと問い詰められるのも面倒くさい。
湊は呆れた顔をして陽向に近寄ってきた。
「いーじゃんかよ別に。何がそんなに嫌なんだよ」
「だって…湊の事好きな子いっぱいいるもん。見られたら絶対何か言われる。湊は何も思わないの?付き合ってるの?って言われたらどーするの?」
「そーだよ、って答える」
「なにそれ」
「事実だし。つーか付き合ってなくても一緒に学校行く奴らなんていっぱいいるだろ」
「そりゃそーだけど…。あたしたち特別仲良かったわけじゃないし…」
「ははっ。それもそーだな」
湊はケラケラ笑いながら答えた。
その時、「ヒナー!」と遠くから声がした。
ギョッとして振り向くと息を切らして楓がこちらに向かって走って来るではないか。
終わった…。
「おはよー!…あれ?てかなんで五十嵐?」
「うす」
「あ…え…えっとね。すぐそこでたまたま会ってさ」
「ふーん。そーなんだ。一緒に行こーよ」
陽向の苦しい嘘にも何の疑問も持たず、楓は楽しそうに話し始めた。
いつ関係性を問われるか内心ドギマギだったが、学校に着くまで楓の自虐トークが繰り広げられ、一切触れられなかった。
正門をくぐった後は棟は別なので、湊に別れを告げて楓と歩く。
「ヒナ」
「ん?」
「やっぱり五十嵐と何かあったでしょ?」
「えっ!?」
安心し切っていた矢先の突然の問いに、思わず変な声を出してしまった。
完全にバレただろう。
「分かりやす過ぎ」
楓は爆笑しながら陽向の肩を叩いて「付き合ってんでしょ?」と言った。
もう隠せない…。
陽向はコクっと頷いた。
「あははっ!ヒナちょー可愛い!何照れてんの?」
「照れてないってば!あーもー…」
「なんでそんな落ち込むのよ」
「だって…奈緒も千秋も知らないよ?楓だけだよ、知ってるの。奈緒は五十嵐のことめっちゃ好きじゃん。だから言えないよ…」
奈緒は五十嵐の大ファンだ。
自分と付き合っていると知れば、ショックを受けるに違いない。
「んー…そだねぇ」
「どーしよ…楓はもう知っちゃったし」
「とりあえず黙っとく?」
「しばらくは…。はぁ…」
「そんな落ち込む事じゃないってー!そんな事より事情聴取だからね!」
「なんの?」
「今までの流れの」
楓はニヤッと笑うと、校舎の中へ入って行った。