再会-3
「お前明日からTデパート担当になったから」
先輩社員の内田にそう言われたのは、入社して三年目のことだった。
俺が車の免許をとって、一人で店周りが出来るようになってすぐのことだ。
TデパートS支店は、リメイクミシンの取り引き先の中でもかなりの大口で重要な顧客ではあるが、以前からとにかく面倒なクレームが多く、みんな内心担当するのを嫌がっている。
しかも、最近赴任してきたという新しい支配人がかなりやり手で、直しで何かミスが発生すると、どんな些細なことでもそれを逆手にとって相当無理な要求を通してくるという。
内田が、自分より単価の高い仕事をたくさんこなしている俺を、目障りに思っているのはわかっていた。
あいつは俺に面倒な客を押し付けることで、憂さ晴らしがしたいのだろう。
「……なんだよ。文句あんのかよこの野郎」
返事をしない俺を、内田が威圧的に睨みつけてくる。
「……いや……行きますよ……」
こんな下等な男と対等にやりあうのは馬鹿馬鹿しい。
要は俺がこの仕事を上手くやりこなせばいいのだ。
不本意ではあったが、俺は翌日から一人でTデパートを担当することになった。
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本心を言えば、デパートのような場所はあまり好きではない。
こうこうとした明るい光と、高級感があふれるあの華やかな雰囲気の中では、薄汚れた自分がひどく場違いのように感じられて居心地が悪い。
すれ違う従業員たちからも訳もなく見下されているような気がして、なんとなく視線をそらしてしまう。
貧しさゆえに染み付いたこの卑屈な被害者意識が、自分でも情けなく、ヘドがでるほどイヤだった。
これから毎日そのデパートに通うと思うだけで気が重かった。
「あの……リメイクミシンです」
俺は搬入口に立っている仏頂面の警備員に入店許可証を見せ、汚れた台車を押して中に入った。
内田から渡されたメモによれば、各フロア毎にお直し商品をまとめて預かるカウンターが何カ所かあるらしい。
どの順で回るのがいいとかいうアドバイスは一切もらえなかったから、初日の今日はとりあえず一階から順にまわっていくことにした。
デパートは扱っている商品の単価が高く、代わりのきかない一点ものも多いため、些細なミスが大きな問題に発展しやすい。
俺は一点一点伝票内容を慎重に確認しながら、ゆっくりと商品を回収していった。
全てのフロアを周り終え、最後に一番クレームが多いという婦人服フロアにたどり着いた。
単純に商品の数が多いというのもあるだろうが、おそらく担当者も神経質なくせ者なのだろう。
敵は果たしてどんなヤツなのか───。
「お疲れ様です。リメイクミシンです」
俺は決まり文句を棒読みで言いながら担当者のいるカウンターに近づいた。
「ああ……お直しの────?もしかして、また担当者変わられました?」
そう言いながら顔をあげた女子社員の顔を見た時、俺は一瞬我が目を疑った。
「あまり担当者をコロコロ変えられると困るんですよね。ミスにも繋がりますし……」
女は俺が誰だかわかっていないらしく、ブツブツと文句を言いながら、直しに出すための商品をロッカーから取り出してチェックし始めた。
「───あ、あの……ま、麻理……さん、だよね?」
今さら「麻理姉ちゃん」と呼ぶわけにもいかず、俺はたどたどしくそう言った。
女は、不意に名前を呼ばれて驚いたようにゆっくりと顔を上げた。
あの頃と同じ理知的な顔立ち。
パーマやメイクで雰囲気は随分変わって見えたが、間違いなく麻理だった。
「……えっと……ごめんなさい……どちらさま……でした……?」
麻理のほうは、俺の顔を正面から見てもまだ思い出せないようだった。
あの凄惨なレイプ事件からしばらくして、麻理の家はいつの間にか空き家になっていた。
挨拶など何もなく、気付いたら引っ越してしまっていた。
理由を誰かに確かめたわけではないが、おそらくあのことが原因だったのだと思う。
だから俺がこうして麻理と直接会うのは、あのレイプ事件以来だった。
あの麻理が、今、俺の目の前にいる。
俺の脳裏に、あの夜の麻理のなまめかしい姿がありありと蘇ってきた。
三人の男たちに身体中を舐めまわされまさぐられながらイき悶えていたあの姿。
事件の直後はもちろんのこと、大人になった今でさえ、あれを思い出しながら自慰にふけったことが何度もある。
十年ぶりにもなる再会にもかかわらず、俺がすぐに麻理に気がついたのはそのせいもあるのかもしれない。
「あの………ほら、N町で隣りに住んでた昭彦ですよ……時々公園で遊んでもらった……」
俺は邪(よこしま)な心を身抜かれないように、努めて明るい口調で慎重に話しかけた。
しかし、俺がN町の名前を出した瞬間、麻理の表情がサッと曇った。
「ご───ごめんなさい。あの……誰かとお間違えなんじゃないですか」
「……えっ?」
「……すみません。今日はこちらの八点ですのでお願いします」
麻理は急に怒ったようにそう言うと、伝票を貼り付けた商品を俺に突き出すように渡して、逃げるようにフロアへ出て行った。
その後ろ姿には、高校生だったあの頃の麻理にはなかった成熟した色気が漂っていて、俺は思わずゴクリと喉を鳴らした。