『SWING UP!!』第8話-7
「よし、今日はこれまでだな」
「はい。ありがとうございました」
二回のパーフェクト達成と、“スパイラル・ストライク”の獲得という、このうえない成果を得たことで、今日の練習は一区切りとした。片付けと、戸締り作業を共に終わらせて、満と大和は店を後にする。
「お前は、チームのエースじゃねえんだよな?」
「はい。今は、サードを守っています」
「なんつーか、もったいない気もするが…」
大和の肘の状態もあるが、今までの投球練習を見る限り、もう問題はないように感じた。制球も安定するようになったから、あれだけの球筋をもっているのであれば、誰が監督をしていたとしても、大和をエースにするだろうと満は思う。
「ま、俺が言うことじゃないな。チームの事情もあるだろうし、さ」
そのあたりの分別は、満にもある。マウンドを守る“エース”という存在は、そう簡単に譲り譲られのできるものではない。
「応援にはいけねえけど、明後日は頑張れよ」
「満さん。本当に、ありがとうございます」
考えてみれば満には、どれだけ感謝をしても、感謝しきれないほどの後援を受けてきた。そもそも、閉店してからこうやって練習に付き合ってくれる時点で、その好意がどれだけ大きいものか、大和には計り知れない。
「満さんのおかげで、僕はもっと野球が面白くなりました」
自分の投球フォームを、あれだけ分析したのも初めてだった。プレーの中では得られない、研究という側面から野球を捉えられたことは、大和にとっても新しい刺激となって、それが活力にもなっていた。
「おいおい、よせよ。くすぐったくなるな」
照れたように満は頭を掻く。自身、これだけ面と向かって誰かに、真摯な表情で感謝を述べられたことはなかった。
「俺がやりたくてやってんだからさ。それによ…」
「?」
「いや、なんでもねえ。とにかく明後日な。しっかりやれよ、大和」
「はい」
満が何を言おうとしたのか気になったが、大和は詮索しなかった。
(………)
彼がぼんやりと考えていたのは、大和がこのまま、草莽の野球選手で終わってしまうことはないかもしれない、というおぼろげな予感だった。
そもそも大和は、肘の故障があったとは言え高校一年の時には“10年にひとりの逸材”と言われ、“甲子園の恋人”として騒がれていた投手なのだ。おそらくその頃には、プロ野球のスカウト・リストにも記名されていたに違いない。
さすがに今は、リストから漏れているであろうが、それは彼が復帰を志していることを当時のスカウトたちが知らないからであって、あの“スパイラル・ストライク”を実際に見てみれば、間違いなくリストの末端には名前を蘇らせるはずだと、確信もできる。
(ま、これも、俺がどうこうすることじゃないけどな…)
ただ、そういういうことを感じさせるほど大和には存在感というものがあって、そして、プロ野球の世界に進む人間というのは、そんな“オーラ”を必ず有しているんじゃないかという認識が、満にはあった。
それを考えれば、明らかにその“オーラ”を持っている大和は、軟式野球の世界だけで収まるような選手ではないな、と、満は改めて思うのだった。