想いを言葉にかえられなくても《放課後の音楽室》-3
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「…けっ……恭介」
ぼんやりとした頭に聞き覚えのある声が聞こえる。確か…
「恭介!起きろっ!」
―ビクッ、そう言えば部活だった。しかも会議中…慌てて辺りを見回すが整然とした音楽室には俺と部長しかいない。
「みんな帰っちゃったわよ」溜め息混じりの一言には疲労が滲み出ている。外はいつの間にか雨模様。梅雨特有のジメジメした雨だ。時計を見ると、あれから既に二時間は過ぎている。七時…いつもの終了時刻よりかなり早い。
「ダメね…なんだかあのままじゃ良い演奏なんて無理。コンクールすら恥ずかしくて出れないわ」
「俺もそう思います」
顔をしかめた部長と目が合う。唇が近付く。あ…今日のグロスは苺の匂いがする…そう思っているうちに、俺の唇も苺味になった。
「…甘…」
ヌルッとした唇を拭って舐めてみる。匂いだけじゃなくて味さえも苺だ。
「ふふっ。わざと厚塗りしてきたのよ」
「嫌がらせ?」
「まさか!もっと高尚な行為よ。嫌がらせっていうのは嫌いな人にするものでしょ」
楽しそうに微笑む姿は小悪魔の様だ…そう、俺の前にいるのは頼りになる何でもパーフェクトにこなす部長ではない。誰もこんな風に微笑むのをみた事無いだろう…俺以外は。
「もしかして会議サボって寝てた事へのお仕置?」
「いいね、そのお仕置って響き。いやらしい」
あ、まずかったかな。火に油を注いだみたいだ。まだ甘ったるい唇が近付いて来た。キスまで目測3センチ。
「おしおき…ね」
彼女の吐息まで甘い。きっと、いつもの様に肌を合せたら全てが甘いのかも知れないな。なんて思っていたら、素早い動作で緩んだネクタイを外して、俺の両手首を縛り上げた。
「あら…今日は大人しいのね」
「千鶴は言い出したら聞かないだろ」
先輩、が消えている。二人きりの時のみ許された彼女のルール。
「誰もいない音楽室。こういう演出もなかなかだわ」
俺的にはMっ気がある訳じゃないが気持ち良いのにはSもMも無いと思う。まぁ、彼女には攻めたいとか、されたいとか…そういう衝動があるらしいけど。
「学校ってかなり危険じゃねぇ?音楽室は防音効果があるとはいえ…」
「鍵閉めてあるし、帰りに鍵返してって山形先生にも言われてるし…大丈夫。…くすっ、恭介緊張してるの?」
どうだろうな、肩をすくめて首をかしげる。緊張、か。
―チュッ、チュ…
甘い唇が首筋をついばむ。むず痒さで首筋に力が入る。動かせない手がもどかしい。シャツのボタンが順序よく上かは外され、Tシャツがたくし上げられ首の根元に寄せられた。手首は縛られたままバンザイ状態だ。六月とは言え、寒さで肌が粟だった。
「キスマーク、この前付けたの消えちゃったのね」
鎖骨の辺りをさわる。唇を寄せて強めに吸い付いた。新しいキスマークを付けているのか。
「っぱ…上出来。明日からはシャツの下はVネックのTシャツ、着てきなさいよ」
「バレるじゃん。そんなに見せつけて欲しいの?」
「そうね、浮気防止に害虫防止って所かしら。吹奏楽部の王子様だからね、恭介は」
「随分扱の悪い王子様だこと。パシりばっかされてるんだけど」
「ふふっ、みんな可愛くて仕方ないのよ。まぁ、私としては恭介がそんな態度だから嬉しいんだけど。」
「じゃあ、ばらしたらいいじゃん。みんなに付き合ってるって言えば済むんだぜ?」
彼女は俺の言葉に口許は笑みを浮かべつつ、眉はしかめた…そんな表情をして見せた。
「そんなことわかったら…部長でいられなくなるわ。わかってるでしょ?」
部長と言う立場が彼女の足枷となっているのだろう。几帳面な彼女は物事を一つづつ解決したがる。今はコンクール。これが優先一位なのだろう。
「あーあ、なんだか凄くされたくなっちゃった。恭介、して?」
思わず笑みが漏れる。彼女は俺と居る時だけ、こんな風に自分を前面に出して甘えて来る。俺は年下だし、こういうのが凄く嬉しい。
両手首を縛っていたネクタイを外してもらい、軽く手首をひねって感覚を取り戻す。音楽室の椅子から立上がり、窓際の壁に腰を下ろした。外からの明かりで幾分明るくなっているからだ。