ネクロフィリアの夜-2
指定されたマンションの部屋の前に立つ。
呼び出しのベルを鳴らすと、すぐに男が顔を出した。
いままであたしが出会ったことのない、とびきりのいい男だ。
「やあ、まっていたよ」
男はにこにこ笑っている。
扉が開いて、部屋の中が見える。
なんて豪華な部屋だろう。
たぶん、あたしの4畳半の部屋の50倍くらいある。
ふわり、ふわり。
毛足の長いじゅうたんに感動しながら廊下を歩く。
きれいな花瓶や、高価そうな家具、それに大きな絵なんかがたくさん飾ってある。
部屋の奥には大きな広間があり、サングラスやマスクをしたひとが、何十人も部屋の壁沿いに立って楽しそうにおしゃべりしている。
きらびやかなドレス姿、蝶ネクタイにタキシード。
香水の上品な香りが漂う。
そして、床には水色のビニルシートが一面に敷かれている。
そのわきには何台かの撮影用カメラが置いてある。
広間にいる全員が、あたしのほうをみて、パチパチと手を叩いた。
なんてかわいらしいお嬢さんなのかしら。
ああ、ほんとうに素敵だね。
今日は来てよかったよ。
あたしが生まれてから、一度もきいたことのない言葉。
ゆっくりと笑ってお辞儀をすると、また大きな拍手が聞こえてきた。
ドアを開けてくれた男が、あたしに1枚の紙を見せる。
5千万の領収書だ。
あたしがだまされて金を借りた業者に、約束通り全額を返してくれたらしい。
まあ、あたしにはもうどうでもいいことだけど。
領収書が、ひらりと床に落ちた。
「さあ、はじめようか」
赤いネクタイを締めた男が言う。
広間にいた数人が、あたしに近づいてきた。
ぼろぼろになったダウンジャケットや、
シミのついたトレーナー、穴のあいたよれよれのジーンズ、
そういうものがつぎつぎ脱がされていく。
見ているひとたちは、笑ったりしない。とても静かにあたしをみている。
いつもの汚らしいものをみるような目じゃなくて、
それは温かく包み込むような視線だった。
心が弾む。
みんなに注目してもらっている。
そんなことがうれしい。
下着に手をかけられた。
脱がせてもらいやすいように両手を上げる。
たるんだ腹や、垂れた乳房がまるだしになって、ちょっと恥ずかしい。
黒くちぢれたあそこの毛も丸見えだ。
カメラはずっと、あたしを撮っている。
きれいだよ。
かわいいわ。
観客の声はどこまでも優しくて、あたしはちょっと泣きそうになる。
うしろから、だれかががあたしの乳房をつかんだ。
ぎゅうぎゅうと痛いくらいの強さでもまれる。
こんなの、どうってことない。
みんなが見るから、ちょっとだけ興奮した。