『SWING UP!!』第7話-27
「試合に勝つことをイメージしようとすると、どうしてもマウンドには大和がいるの。屋久杉先輩じゃなくて…。ひどいよね、こんなの」
「………」
大和は何も言わない。桜子の気持ちが痛いほど理解できるからだ。
そして、自分に向けてくれる期待というものが、考えている以上の大きさを持っているのだということに、今更ながら思い至る。
だから、いま、桜子に伝えるべき言葉は、ひとつしかなかった。
「“それ”を決めるのは、僕たちじゃない」
「うん、わかってる」
「でも、桜子の期待は、とても嬉しい」
マウンドにいるべき人…。桜子の言葉が、胸に沁みたのは本当だ。投手としての復活を期している今、愛する人が言ってくれたその想いは、何よりも大きな活力になる。
「ありがとう、桜子」
「あ、大和……」
溢れる愛おしさを形にしたい。だから大和は、桜子の体を強く抱きしめていた。
しばらくは何も言わず、ただお互いの体温を確かめ合う二人であった。
「…桜子も、立派なキャッチャーになってきたね」
「え?」
「勝ちをイメージして、試合をシュミレートできるぐらいにさ」
桜子が自らを“ひどいこと”と責めた考えは、彼女が自発的に司令塔としての役割を果たそうとした結果、生じたものなのだ。春先のように、雄太や品子や岡崎に引っ張られるだけの、マスコットとしての側面が強かったイメージからは、想像もつかない進歩といえよう。
「それに、やっぱり桜子らしいよ」
「な、なにが?」
「キャプテンを勝たせようと、必死になって考えているところが、さ」
大和のほうが現時点でも、投手としては雄太より上…。そう考え至りながら、それでも何度も、雄太に投手として最後までマウンドに立たせているイメージを追いかけているのだろう。
どうしても、どうやっても、どう考えても…。それでも、双葉大のエースは雄太だということを、桜子は投げ出したりはしないのだ。
「そんな桜子だから、僕は好きだ」
「あっ……ん……」
何度目になるかわからない、キス。頬に軽く触れてから、唇を優しく啄んでくる。
「大和ぉ……」
そんな“ひどい考え”も含めて、自分の全てを受け止めてくれるようで、桜子はそれがとても嬉しかった。
安堵感。それが、おそらく影響したのだろう。
「?」
ぐぅううう…
「あ」
いつか聞いたような、くぐもった重低音が桜子のお腹から響いてきた。
「………」
「………」
「……っ」
我慢できませんでした。
「ぷっ……くくっ……」
「うわぁん! やっぱり、笑ったぁっ!!」
甘ったるい空気を霧散させる、桜子の腹の虫であった。いつぞやのデートでも、全く同じことがあった。
ぐぅぅぅっ、ぐきゅるるるっ、ぐぐうぅぅぅぅっ……。
そのときのテキストの焼き直しかと思わせるぐらいの、壮大な桜子の腹の虫による奏楽でありましたとさ。
「うううぅぅぅ……」
「ごめん、ごめん。お腹空いてるよね。僕も、そうだよ」
桜子ほど、豪快に腹を鳴らしたりはしないが、意識してみれば空腹感が発生しているのも事実だ。
「笑った……大和、笑った……」
「ごめんってば」
腹の虫を笑われたことに端を発する、本日で一番の、桜子の拗ね具合であった。
「まったく、本当に桜子は可愛いんだからさ」
「か、かわいい……? おなか、ぐうって、鳴らしても……?」
「ああ、そうさ。僕にとっては、そういうところも、可愛くて仕方ないんだ」
大人びたところを見せたかと思えば、不意に子供っぽくなる。その一挙一動が、本当に全くもって油断ならない。
「かわいい……え、えへへ……」
可愛いと言われた途端に機嫌を直すところも含めて、だ。
「ご飯にしなきゃね。何が食べたい?」
「カツカレー!」
余りに即答だったので、大和は押さえきれずにまたも噴き出していた。
実のところ、大和もカレーがイメージとしてあったのだが、桜子ときたらそれだけでなく、カツを加えてきたところがまた可笑しくてたまらなかった。