8-2
「じゃ、悪いけど先帰るね」
「送ったら戻ってくるから」
圭司の自転車の後ろに乗り、後から合流した雅樹を含めた三人に手を振って神社を出た。祭りの灯りが遠ざかり、喧噪からも離れる。
「で、さっきはどうしたの、何の話してたの、秀雄と」
圭司の腰に回した手をぎゅっと強めて「大した事じゃない」と言ってみるけれど「あの顔で大した事ないとか、嘘としか思えない」と言われ、清香は圭司の背中で苦笑する。
「秀雄も、私は優斗の事が好きだと思ってたんだって」
「知ってる。秀雄が俺にそう言ってきた事、あったもん。清香ってユウの事好きなのかなって訊かれて、知らねぇって答えたけど」
圭司の背中に耳を当てると、心地よい振動として耳に声が届く。それが分かると清香はずっと背中に耳を当てていた。さっき聞いた嫌な事も、何となく浄化されてくような気がしてくる。
「圭司と別れたら、俺の事も考えてって、秀雄が」
少し身体を捻って「マジでか」と清香に言葉を浴びせる。「マジで」
暫く無言のまま、自転車は走った。夏の夜空には、見えないぐらいの小さな星しか出ていないし、空気は湿気を帯びていて髪が頬に張り付き、不快だった。心地よいのは、圭司の背中だけ。そう思い、ぎゅっと耳を押し付ける。
「秀雄って頭いいから、何考えてるか分からない事が結構あるんだよな」
片手でハンドル握って「もしもし」と携帯の着信に応えている。話からすると留美か、幸恵か。
「うん、すぐ引き返すつもりだけど、おう。分かった。じゃ後で」
携帯を短パンのポケットに仕舞うと「留美だった」と短く言う。「清香によろしくってさ」
背中に耳を押し付けたまま「うん」と頷く。きっと声は聞こえていない。押し付けた頭の動きで分かってくれるだろう。
住宅街が見えてくる。もう少し、このままでいたい。もう少しそばにいたいと思うが、それが口に出来ずに清香は「着くね」とひと言を吐く。
「到着ですよ」
見慣れた玄関の前に自転車は止まる。
「みんなにごめんねって謝っといて。付き合い悪くて」
圭司の手の平が清香の肩に掛かる。
「気にすんなって。どうせみんなすぐに帰るんだから。また連絡するから」
じっと圭司の目が清香を見つめる。その視線の意味はおぼろげながら理解できるのに、行動に移せず、口から出たのは「何」という言葉。嫌になる。
「何、って酷いな。ま、いいや。じゃね」
自転車は無灯火のまま目の前を走り出し住宅街を真っ直ぐ進み、途中から右折して見えなくなった。
キスをすればよかった。するべきだった。それぐらいはあの視線から汲み取れた。何故行動に移せないのか。清香は自分にうんざりする。