すれ違いU-1
ポツリポツリと話し始めた葵の声に耳を傾けていたゼンは、視線を一点に定めたまま静かに聞いていた。
「人としての幸せ、か・・・」
「・・・ゼン様はその事についてお考えになったことはありますか?」
葵は手元を見つめたままゼンに問う。
「王がたった一人を愛したことで力が失われるなんて事はない。永遠の愛の誓いってのが存在してるくらいだしな・・・」
「俺の世界は比較的自由だ。王が存在していれば国は安定し、傍にいるのは大臣や家臣だ」
「・・・歴代の王でも伴侶をもつ王は少ない。相手は寿命の短い人の身だったり、女神を娶った王もいた」
「ゼン様の世界には女神様もいらっしゃるんですか?」
顔をあげた葵は目を輝かせてゼンを見つめた。
「なんだよ葵。そこに食いつくか?
俺が愛してるのはお前なんだけど」
ゼンはふてくされたように人差し指で葵の頬をつつく。
ぱっと赤くなった葵にゼンは小さく笑い、葵の手に手を重ねた。
「人としての幸せなんてのはそれぞれ違う。"幸せだと感じた時"がお前の幸せだ」
ゼンは葵の手を握って持ち上げ、優しく手の甲へ唇を押し付けた。
「俺はお前とこうしている時に幸せを感じる・・・愛する女を見つけることが幸せだとは、今まで正直思ったこともなかった」
優しく微笑みながらゼンは愛の言葉をつむいだ。
「今お前が気にしてるのは・・・神官たちの事か?」
「・・・はい」
とたんに葵の表情が暗くなる。
「・・・あいつらを幸せにしたいと願う葵の気持ちはわかるが・・・お前には無理だ」
「・・・・っ」
ゼンに握られた手を勢いよく引いた葵は、傷ついたように顔を歪ませた。
「逃げるな葵」
ゼンは葵の手をさらに強く引き、胸に抱き寄せた。
(九条や大和は・・・葵を女として見ている。葵の身がひとつなのだから・・・どちらかの願いだけを叶えることなど葵に出来るわけがない)
「あいつらと距離を置いてみるのもいいだろう。お前がずっと傍にいるから互いしか見えなくなるんだ・・・好きに行動させてみるといい」
「彼らに自由を・・・」
目を閉じた葵は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。