★★★-1
五十嵐湊と付き合って2週間が経った。
3月の半ばになり、対策授業も終わったので学校へ行くことも少なくなっていた。
行くといえば、今日のこの全校集会的なものだけだ。
来年度の事について体育館でなんやかんやと発表されるのである。
「てかさー。なんであたしたちが準備しなきゃいけないわけ?」
楓がブツブツと文句を言いながらパイプ椅子を並べる。
楓は校内メールで城田に今日の準備を頼まれたらしい。
学年一位の楓は先生達の中でお気に入りだ。
学部の仕事も頼まれることもよくあり、陽向たちもよくそれに付き合わされている。
今日は全学部集まるので、他の学部の人たちも準備に来ていた。
あの日以来、湊とは会っていない。
いないかなー…と無意識に探す自分が少し恥ずかしい。
「あーっ。重ーい」
パイプ椅子を両脇に抱えながら奈緒が喚いた。
陽向もズルズルと椅子を引きずりながら奈緒の隣を歩いた。
脇に挟むと床についてしまうので、みんなのように持ち上げられない。
なんだか見た目が残念だ。
「ヒナ、めっちゃ引きずってる」
「みんなみたいにやると、歩けないんだもん」
「あはははは!」
くだらない会話をしながら準備を進める。
その時、「湊ー!」という声が遠くから聞こえて来た。
過剰に反応してしまう。
そちらに目をやると、入口からだるそうに入ってくる湊がいた。
「おせーよ。お前が頼まれたんだろーが」
「悪いねー。寝坊した」
がははと笑った湊は、「何すりゃいーの?」と数人の男たちと歩いてこちらへ向かってきた。
陽向の存在には気付いていない。
「あっ!五十嵐ー!」
どこの学部だか分からない女が湊に話しかける。
湊もそれに楽しそうに答えている。
女は湊にベタベタ触りながら「重いー。持ってよ五十嵐ー」とかわい子ぶっている。
なんだかムカついてきた。
全っ然可愛くない!
てか湊もデレデレしてんのが許せないんですけど!
「大丈夫?ヒナどこ見てんの?」
「えっ?あ…なんでもない」
奈緒は「変なのー」と笑ったあと「あ!五十嵐じゃーん!五十嵐ー!」と大声を上げた。
その声に気付いた湊がこちらを向く。
一瞬、目が合った。
ドキッとする。
こちらに向かってくる。
「よ。お前らも準備頼まれたんだ?」
「そーなのそーなのー。めんどくさいよねー。休みだっつーのに」
奈緒はいつものテンションより更なるハイテンションで湊に絡んだ。
陽向は身の置き所がない気持ちになった。
そう言えば、湊と付き合ったことはまだ誰も知らない。
いや、言えない。
学校中の女たちを敵に回しそうだ。
二人の話など全く耳に入ってこなかった。
「じゃ、またねー!」
奈緒のその言葉にはっとなり、湊が去って行ったのを確認する。
「てかさ、珍しいね」
「へっ?なにが?」
違うことを考えていたので、素っ頓狂な声が出てしまった。
「五十嵐、ヒナのこと全然からかわなかったからさぁ。…何かあった?」
奈緒のするどい質問にドキッとする。
…言えない。
「なんもないよ。たまたまでしょ」
陽向はあははと笑って準備に戻った。
16時。
やっと長い話が終わった。
当たり前のように片付けを命じられ、渋々と片付けをする。
「こーなると思ったわ」
千秋が嫌味を言いながらパタパタと椅子を畳む。
はぁ…なんか疲れたな…。
陽向は無言で椅子を運び、裏の倉庫へ向かった。
向かう途中、また湊が先程の女と楽しそうに話しているのを目撃してしまった。
さっきからずーっと湊にベタベタする女が煩わしい。
あたしには、挨拶一つすらしてくれなかったのに。
倉庫へ行き、半ば怒り任せにガシャンと椅子を置くと「静かに置けよな」と聞き慣れた声が聞こえた。
振り向くと湊が立っていた。
その顔を睨む。
「なに怒ってんの?」
「怒ってない」
陽向が言うと、湊はフッと笑った。
髪に触れられ、すぐ側まで顔が近づいてくる。
陽向は目を丸くして湊を見た。
こんなとこで…信じらんない!
他の生徒の声がだんだんと大きくなってくる。
「ねっ…こんなとこで…」
「こんなとこで何?」
湊は意地悪な顔をして陽向を見た。
「……」
「キスするとでも思った?」
鼻で笑われる。
見透かされたことと、湊に遊ばれているのとで怒りが込み上げてくる。
「思ってないもん!」
陽向は目の前の憎たらしい顔を睨みつけて倉庫から出ようとした。
その瞬間、腕を掴まれる。
「…やっ!」
ぐっと身体を引き寄せられたかと思うと、一瞬、触れるだけのキスをされた。
湊はニヤニヤしながら陽向の耳に唇を押し当てた。
「17時半に駅前のカフェ集合な」
耳元で甘い声で囁かれ、ゾクゾクする。
陽向は顔を真っ赤にして「ばか!」と言って倉庫から出た。
ドキドキがおさまらない。
どうしよう…。
「やっと戻ってきたー。遅いよ」
楓たちが体育館の入り口で待っていてくれたのだ。
「はは…ごめん」
「てかヒナ、なんか顔赤くない?」
「えっ?そう?赤くないよー!」
この分かりやすすぎる顔をどうにかしたいと心の底から思った。
しばらく話し、それぞれ帰路につく。
陽向はみんなに気付かれないように駅前のカフェに向かった。