THANK YOU!!-2
一人の女性が、小学校の校庭に佇んでいた。
大きな桜の木を見上げて。
5年振りに見る桜の木。小学校を卒業してからも、度々訪れていた。
全く変わった様子は無かった。
いや、変わったとすれば自分か。
この桜を最後に見上げたとき、自分はまだ学生だった。
「・・懐かしい」
そう呟いたのは・・5年ぶりに日本へ帰国した八神瑞稀だった。
今ではもう、21歳。トランペット奏者として世界にその名を響かせ始めていた。
「瑞稀ちゃん、おっきくなったね」
すると、荷造りを中断した中岡先生が瑞稀の側まで来て、慈愛に満ちた顔で微笑んだ。
その言葉を聴いた瑞稀は小さく笑った。
「そうですね。・・先生もあまり変わってなくて少し安心しました」
今度は中岡先生が笑う番だった。
事実、卒業してから9年が経つのだが瑞稀の記憶にある先生と今、自分の隣に立つ先生とそこまで相違が見られなかった。
変わったとすれば、ただ一つ。瑞稀は思い出したかのように口にした。
「あ、先生。ご結婚、おめでとうございます。」
「あ・・。ふふっ、ありがとう。」
中岡先生は、まさか瑞稀から言われると思っていなかったので最初は驚いたが、すぐに照れたような笑顔になってお礼を言った。
何故、瑞稀から言われると思ってなかったか。
「・・にしても、誰から聴いたの?秋乃ちゃん、瑞稀ちゃんがあまりメールがしないからやり取りしてないって言ってたけど」
「はい。確かに秋乃のメールに返信してなかったけど、そこに書いてあったんです。先生が結婚して、教師を辞めると」
「そう、秋乃ちゃんか。驚いたわ、瑞稀ちゃん、去年の同窓会来なかったから」
「アハハ・・。同窓会のこと自体、秋乃から言われるまで知らなかったですよ」
そう。去年行われた学校主催の同窓会。
そこで、中岡先生は自分が結婚して今年度までで教師を辞める事を告げた。
勿論、校長と学年主任以外の先生にも話していなかったので、当時の隣のクラス担任だった先生と教え子に凄く驚かれた。それと同時に、強い祝福を貰った。
ちなみに、その同窓会に欠席したのは瑞稀と拓斗のみ。
その時点では秋乃しか瑞稀がアメリカに居ることを知らなかったが、これ以上隠し切れる訳がないと思った秋乃は中岡先生に、瑞稀の事を教えたのだった。
さらに言うと、去年ですでにマイナーな音楽雑誌に取り上げられていた瑞稀のことを知らない人はあまり居なかった。拓斗が、どうだか知らないが。
その拓斗が欠席したのは、タイミング悪く剣道の試合が入ってしまった為。
時期が悪く、ちょうど全国大会が行われている時に同窓会が行われた。
なので、拓斗は試合を優先して、同窓会には来なかった。
拓斗も、大人に混じって試合に出ていて、剣道の最注目選手だった。