投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 65 夕焼けの窓辺 67 夕焼けの窓辺の最後へ

第5話-12

しんみりとしてしまった空気を断ち切るかのように、
「もう、じれったい!そんなに好きなら英里の方から会いに行っちゃえばいいじゃない!で、その薄情な彼氏さんは一体どの辺に住んでるの?」
「えっ!?えっと…結構出張が多い仕事みたいだから、あんまりつかまらないし…」
突然核心部分を突かれて、英里は焦りながらも何とかそう答える。
「っとに、こんなに健気な彼女がいるっていうのに…」
「あははは…」
英里は内心冷や汗を流しながらも、乾いた笑いで相槌を打つ。
こんなに親身になってくれるとは思いも寄らなかったので、万が一、遠距離恋愛は偽りだと知れた時の彼女の反応がそら恐ろしい。
「…そういやさ、もうすぐ英里誕生日だよね!いい物プレゼントしてあげるから、元気出しなよ」
「え、いい物…って…?」
「久しぶりに会いに行った時に、絶っ対に役に立つから」
末尾にハートマークがつきそうな位、にっこりと微笑んだ友人の悪戯っぽい表情に、何故か英里はぞくぞくとした悪寒を感じた。


その帰り、気付けば英里の足は圭輔のアパートの方に向かっていた。
自分の方から会いに行けばいいという彼女の言葉に後を押されたという訳でもないが、少し勇気を貰ったのは事実だ。
突然訪問したら、迷惑を掛けてしまう事はわかっている。
だから、気付かれないよう建物の陰にひっそりと隠れていた。
(…これじゃまるでストーカーだよ…)
しゃがみこんで、英里は自嘲気味に溜息を吐く。
落ち着いてくると、やっぱり彼への思いが募ってどうしようもなくなってしまった。
確かに、忠告されていたというのに、自分が誤解を招くような行動を取ったかもしれない。
少し癪だと思うところもあるが、こちらから謝るべきなのだろう。
その結果、もし別れるという事になったとしても、誤解されたままではいたくない。
貴方以外に好きになった人なんていないという事だけは、どうしても伝えたい…。
とにかく、もうこれ以上切ない胸の疼きを抱えたままでいるのは精神的に限界だった。
しかし、あんな捨て台詞を吐いて、面と向かって会う自信がない。
自分自身が意地を張ってまた喧嘩に発展する可能性もあるし、軽蔑されたような目で見られたら、心が折れてしまいそうだ。
だから、今はまだ話ができなくてもいい。
ほんの少しだけでもいいから、元気な彼の顔を見たかった。
それだけで少しは立ち直れるかもしれない。
今日は、声を掛けずに帰ろう…英里はそう思いながら、暗闇の中で待ち続ける。
…もうすぐ10時。こんな時間なのに、まだ彼は帰ってこない。
これ以上時刻が遅くなると、そろそろ英里自身が帰らないとまずい。
もう今夜は諦めよう、英里は立ち上がろうとすると、見覚えのある男性が階段を昇ろうとしている姿があった。
「!」
咄嗟に、英里は気付かれないよう、再び息を潜めて建物の陰に身を隠す。
疲れているのだろうか、心なしか足取りがふらふらとしていて危ういように見える。
こんな状態の彼を見てほうっておけるはずがないが、どの面を下げて出て行けばいいというのか。
…仕事が忙しいのだろう。
自分が、彼と同じ立場であれば、相談にものってあげられるのに。
何の役にも立てない自分が歯痒くてもどかしい。
断腸の思いで未練を断ち切り、英里はその場を立ち去ろうとした瞬間、背後からどさりという音が響く。
振り返ると、ドアの前で辛そうに顔を歪めて、辛うじて手をついて体を支えている圭輔の姿が目に飛び込んできた。
やはり、彼はすこぶる体調が悪かったのだろう。
その驚愕の光景に、今までの葛藤は全て吹っ飛んだ。
英里はもう何も考えられず、彼の家のドアの前まで駆け出す。
「け、圭輔さん!」
「あれ、英里…?何でここに…」
朦朧とした意識の下で圭輔は英里の顔を見つめる。
彼女の顔を見て気が緩んだのか、圭輔は目を閉じた。
「しっかりして下さい…!」
英里は慌てて、鍵がささったままのドアノブを捻ると、圭輔の体を何とか引き入れる。
脱力してしまっているため、とても重い。
部屋の中央の辺りまで運んだところで英里も力尽き、ソファに寄りかかって床に腰を下ろすと、圭輔が英里の上に覆い被さってくる。
「あっ…!」
思わず声を上げるが、どうやら彼はもう眠ってしまったようだ。彼女に凭れたまま、動かない。
そっと額に触れてみると、熱もない。寝不足か過労からくる疲労だろうか。
英里はほっと安堵の息を吐くと、カバンの中からハンカチを出し、額に浮いている汗の玉を拭う。
まだ若干苦悶の表情を浮かべて眠る圭輔の顔を見て、胸の奥が痛くなる。
このまま、ほうってなんて帰れない…。
もしかしたら、彼は一晩中目を覚まさないかもしれない。
明日は幸い大学の授業もない日で、家に帰らずとも支障はない。
携帯を手にして自宅へ電話をする。試験勉強のため今夜は友人の家に泊まるかもしれないと偽り、電話を切った。
両親は、英里が異性と付き合っているという事を未だに知らない。
男の家に泊まるだなんて正直に言えば、絶対に許してもらえないだろう。
…そんな事は、とりあえず今はどうでもいい。
友人にアリバイ工作の協力を頼んだ後、英里は圭輔の顔を見下ろす。
「圭輔さん…」
起こして、ちゃんと布団で寝かせた方が良いのか。
だが、疲れきってこんなに熟睡している彼を起こすのも忍びない。
カーテンを引こうとするが、寄りかかっている圭輔の体が重くて立ち上がれない。
仕方なく、英里はしばらく自分の体を彼に明け渡す。
久しぶりに感じる彼の体温と重さ。
こんな状況で不謹慎だと思いつつも、英里は愛しげに圭輔の広い背中にきゅっと腕を回す。
少しの汗の匂いと、彼の匂いが鼻腔をくすぐり、胸の奥が熱くなると同時に、安らぎが全身を満たす。


夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 65 夕焼けの窓辺 67 夕焼けの窓辺の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前