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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第5話-11

夜の8時を過ぎた頃。
圭輔は1人、職員室で明日の授業の準備をしていた。
丁度良いところで切り上げると、軽く伸びをして、一息吐く。
あれから、謝れないまま数日が過ぎた。
電話は勿論、メールすらも一度もしていない。
自分から動かなければならないのに、どう話を切り出せばいいのかわからない。
このまま、互いに一度も連絡を取り合わなければ、あっさり自然消滅してしまいそうな位、脆い…。
卒業した後、本当に英里との接点はないのだという事を思い知らされる。
しかし、あれだけ酷く罵ったのに、今更どの面下げて彼女に会えばいいというのか。
携帯を覗くと、何通かメールの着信があった。当然彼女の名前はない。
彼ももう今年で24歳だ。英里と付き合う以前に、女性と付き合った経験もある。
だが、こんなに愛しくて、形振り構わず求めてしまうような相手は、英里が初めてだ。
今までの相手と適当に付き合ってきたわけではないが、かといって溺愛する程惚れ込んでいたわけでもない。
…たぶん、英里が稀なのだ。
彼女自身、異性と付き合うのが初めてで、わからないからなのだろうと思うが、とにかく真っ直ぐ接してくる。
そういう純粋さが魅力で、そんな彼女だからこそ、自分自身も真っ直ぐな気持ちを向けられるし、受け止めて欲しいと感じる。
愛しすぎるからこそ、瑣末な事に拘り、やきもちを焼いてしまった。
まるで10代の頃の、不器用な自分に戻ったかのようだ。
もし、もう一度彼女と向き合えるならば、二度と彼女をあんな悲哀に満ちた顔で泣かせたくはない。
手遅れになる前に、彼女に謝りたい。
そう思いながらも、謝るきっかけが掴めない…。
(ったく、情けねーの……)
そろそろ家へ帰ろうかと立ち上がった瞬間、またほんの少しの立ち眩みを感じながら、圭輔は職員室を後にした。


圭輔が後悔で思い詰めている一方、英里も会えない淋しさを感じ始めていた。
あの凄絶な別れから、何週間経っただろう。
惚れた弱みか、あの時の怒りが嘘のように引いて、今はぽっかり胸の奥に空洞が空いたようだ。
メールや電話だけでは物足りないと思っていた頃が懐かしい。
それさえ無くなってしまうと、自分の毎日が本当に無味乾燥なものに思えてしまう。
…許してと、こちらから謝るべきなのだろうか。
だが、自分自身は悪いことをしただなんて感じていないのに?
彼だって、圭輔との仲を知って、自分を励ましてくれた。
謝るというのは、そんな彼の気持ちも踏み躙る事になる。
そう思うと、また意地を張ってしまう。
毎日毎日その繰り返しで、決まって夜中に恋しさが強くなって眠れない。
今日も、携帯の彼のアドレスを意味もなく眺めるばかり…。
もし、次に会った時に別れ話を切り出されたとしても、きっかけを作ったのが自分だと思われているならば文句は言えない。
彼が知らない誰かと付き合い始めても、もう自分とは無関係の人なのだから、と耐えなければならない。
彼と別れた後は、もう当分は異性と付き合いたいだなんて思わないだろう。たぶん、自分はそんなに簡単に割り切れない。
それ位、彼と付き合っている間の自分の状態は、薄氷の上に立っているような不安定さなのだ。
心が通ったと思えば、ちょっとした事がきっかけですぐに離れてしまう。その度に、今のように身を切るような切なさを抱きながら、彼の事を思うのだ。
両思いになってからというもの、よくわからない不安が常につきまとっている。
片思いのまま憧れていた時の方が、ちょっとした事で一喜一憂できて、楽しかったなどと思ってしまう。今は、繋ぎ止める事に、滑稽なほど必死で。
(どうしたらいいんだろう…)
胸の中の淀んだ澱がどんどん積み重なって、押し潰されそうになる寸前だった。


―――時が過ぎるのは早いもので、もう7月だ。
今日はまた高校時代の友人と一緒に食事に行っていた。
「英里、遠恋の彼氏とは順調?」
「え?うーん…まぁまぁ」
虚を衝かれたその質問に対して、英里はお茶を濁したような返答しかできない。
「ふーん、その反応はいまいち上手くいってない?」
「…悪かったね」
さすがに英里もむっと顔を顰めた。
当たっているだけに、ますます気分が悪かった。
「そんな怒らないでよ。そもそも遠恋でそんだけ続いてる方がすごいんだから!その人が初めて付き合った人なんだよね?全然会えないのに淋しくない?どーせ遠くにいるんだから、適当に合コンとかして遊んどけばいいのに。あ、なんならあたしセッティングするよ?」
身振り手振りを交えつつ、必死に捲くし立てる彼女の様子を見て、英里は淡く微笑む。
明るくそんな事を言うあたり、彼女なりに励ましてくれているのだろう。
「…淋しいよ、でもたぶん彼以外の人じゃ私にはだめみたい。一緒にいたいって思えるのは、あの人だけなんだ…」
英里は、そう言いながら目を細める。
適当に遊ぶだけの相手なんて、人付き合いの苦手な自分には重荷なだけで、必要ないのだ。
今はまたすれ違っているけれど、彼だけが自分を必要としてくれればそれでいい。
時折、切なげな瞳をちらつかせる英里の表情に、思わず正面に座る友人は目を瞠る。
元々可愛いというよりは綺麗な、大人っぽい顔立ちをしていた英里だが、今までこんな愁いを帯びた美しい表情は見た事がなかった。
「…英里が羨ましいな」
「え?」
急に意外な事を言われて、英里は首を傾げる。
「そこまで好きな人がいるなんて。あたしは少なくともそんな経験ないから」
「そう、かな。でも傷付いたり、自分が嫌になったりしてばかりで、いい事なんか…」
「本気の恋って、そういうもんじゃない?相手を好きになればなる程、辛くて、苦しい…」
「…。」


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