★★-8
「あたし…小っちゃい頃から喘息持ちなんだよね。今も風邪引くと…たまにこーなるの…」
陽向は、「やんなっちゃうよね」と苦しそうに笑って湊を見上げた。
そんなこと知らなかった。
知るわけないか。
いつも元気にしている陽向が、喘息持ちだったなんて…。
「ごめんな。昨日、そのまま寝ちゃって」
「なんで謝るの?」
「お前にとって風邪はただの風邪じゃねーだろ。分かってたら服着せて寝てただろーなと思って」
「湊は…悪くないよ」
虚ろな目で微笑んだ陽向の頭を引き寄せる。
「ごめんな。…てか、薬ねーの?」
「ある…バッグん中」
「早く言えよバカタレ」
「ごめんなさい」
湊は陽向のバッグを漁り、吸入器を取り出して陽向に渡した。
吸入をして安心したのか、それとも疲れているのか、陽向はまたウトウトし始めた。
「横になれる?」
「もーちょっと…こーしてたい」
うずくまっている陽向の身体に毛布をかけてやる。
ゆっくり背中をさすると、「あったかい」と言って陽向は湊に身体を預けた。
綺麗な栗色の髪を撫でてやる。
「あっ」
「なに?」
「ダメだ、帰らなきゃ…」
陽向はフラフラしながら立ち上がろうとした。
「バカ。そんなんで帰れるわけねーだろ」
「でも…」
「何かあんの?」
「ないけど…湊の家に風邪菌ばらまいちゃうといけないから…」
陽向の言葉に湊はケラケラ笑った。
「俺の体は病気しねーの」
そう言って陽向をベッドに座らせ、ほっぺたを両手で挟んでギュッと力を込める。
「ははっ。変な顔」
「やめてよっ」
「すげー顔熱い。今日も泊まってけよ」
「ごめんね…」
陽向をベッドに寝かせてやる。
顔の前まできた髪をかきあげると、その手を優しく握られた。
「なーに」
「……」
「甘えん坊さんだね。風邪の特権?」
陽向はヒヒッと笑うと目を閉じた。
しばらくすると、スースーと寝息が聞こえてきた。
熱と喘息で体力を消耗したのだろう。
「早く良くなるといーな」
湊は心の中でそう呟いた。
翌朝、目覚めた時は全身汗でぐっしょりだった。
枕の上に溶けた氷枕が置いてある。
きっと湊が置いてくれたものだろう。
優しさに胸がキュンとなる。
「湊」
リビングに行くと、湊はキッチンで何かをしているようだった。
「調子どう?」
「よくなった!…ね、これ。…ありがと」
陽向は氷枕を湊に差し出して言った。
「ちょーどいーのがあったからさ」
湊は陽向の頭をぐしゃぐしゃと撫でると「あ」と言った。
「なーに?」
大きな手が額に触れる。
「熱下がった」
計ってみると、36.8℃。
なんだか身体も軽い気がしてきた。
「よかったよかった」
「湊のおかげだね」
「感謝しろ」
「偉そーに…。してるよ」
陽向は湊を見上げて「でも、ありがと」と言った。
「てゆーか、2泊もしちゃってごめん」
「気にすんなよ。ま、熱下がってよかった」
その時、温めていた小さな鍋がグツグツと音を立て始めた。
「なに作ってんの?」
「ん?秘密」
「教えてよ」
「病人は黙って座ってろ」
湊は火を止めて陽向の腕を掴み、ソファーに座らせた。
「もう熱下がったもん。病人じゃないよ」
「発作まで起こしたくせによく言うよ」
キッチンに戻り、湊はまた何かをし始めた。
しばらくして「おーし、できた」という声とともに戻ってきて、目の前に先程の小さな鍋が置かれた。
「なーに?」
「昨日から寝てばっかでロクなもん食ってなかったろ」
蓋を開けると、中身はお粥だった。
柔らかい塩の香りが漂う。
「わー!お粥だー!」
昔からお粥は大好きだった。
風邪の時に食べるお粥が格別に美味しいことは、昔から風邪っぴきだった陽向はよく知っている。
「お粥すき?」
「うん!大好き!」
陽向は子供のようにはしゃぎながらスプーンを手にとった。
「いただきまーす!」
「どーぞ」
スプーンですくって一口食べる。
「…あちっ!」
「猫舌?」
「うん。でもおいしー!」
「そりゃよかった。つーかお前左利きなんだ」
「そーだよ、サウスポー。かっこいい?」
「全然」
二人で笑い合う。
すごく、幸せ。
五十嵐湊は、本当は温かくて優しい人。
今までひどいこといっぱい言ってごめんね、って言いたい。
恥ずかしくてなかなか言えないけど、いつか伝えるから。