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「あぁー。やっと終わった!」
対策授業が終わった後、楓と他二人の友達、笠井奈緒と神谷千秋と共に食堂で話していた。
今日は飲みに行こうと前々から約束していたのだ。
予約の時間まであと1時間はある。
それまで時間を潰すために食堂でまったりコースだ。
「今日の問題、難しかったねー。こんなんで国試受かんのかなー」
「大丈夫大丈夫。あと1年もあんだから」
「1年後が恐ろしー!」
奈緒はガハハと笑いながらコーヒーを口にした。
「ってか陽向、今日も遅刻してたっしょ」
「うーん…。最近寒くて起きれなくてさー」
「寒くても暑くても陽向はいつも寝坊してんじゃん」
「万年遅刻魔ですね!」
ドカッと笑いが起こる。
陽向の耳には、その笑い声が一枚の壁を隔てた向こう側から聞こえてくるような気がした。
サッと戦闘モードに入る。
「うす。ね、今日間に合った?」
五十嵐が意地悪な笑みを浮かべて現れたのだ。
あの時間に会って、遅刻したと分り切っているくせに質問してくることに腹が立つ。
「ちこ…」
「あ。五十嵐じゃん!今日授業あるんだ?」
遅刻しましたけど、何か?と言ってやろうとした時、奈緒によってその言葉は封じられた。
奈緒は五十嵐湊のファンだ。
陽向がいつも五十嵐の嫌味ったらしい話をしているにも関わらず、「でも、やっぱイケメン」と言われて終わるのである。
声を聞くだけでイライラする。
早く立ち去れ!と心の中で呪文のように唱える。
陽向と五十嵐の仲が悪いということはみんな知っている。
しかし、こんなとこでその気持ちを露わにするのは大人げないと思い、陽向は無理矢理笑顔を作りながら楓と千秋と話していた。
奈緒と五十嵐の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
あー、無理無理。
てかなんなのその優しい満面の笑みは。
いつもあたしには意地悪な笑い方しかしないくせに!
奈緒が可愛いからってデレデレしてんじゃねーよ!
心の中で密かに罵倒する。
「じゃ、またねー」
しばらくして五十嵐はやっと去った。
陽向ははぁーとため息をついた。
「あーっ!ちょーイケメン!」
奈緒のテンションはぶち上がっていた。
まだ酒も飲んでいないというのに。
「奈緒ちゃん満足した?」
「そりゃーもう!いやー…てかね、ヒナのおかげだよ、五十嵐とお近付きになれたのも」
「なんであたしの…」
「だって、ヒナがいつもいじられてるからよく五十嵐もこっち来んじゃん?これからもいじり倒されてー!」
いじりじゃなくて、けなされてバカにされてるんですけど…。
もうストレスで禿げそうです、あたし。
そう思いながら陽向は「勘弁してー」と半笑いで答えた。
「お、もうこんな時間」
楓が壁の時計に目をやる。
予約の時間がもう迫っていた。
四人でバタバタと準備をする。
今日はやけ酒だ。厄日はやけ酒をするのにふさわしい日だ。潰れるまで飲んでやる。
陽向はそう心に誓った。
「ほんっとムカつく!」
飲み始めて2時間が経った。
お酒が全然飲めない陽向は、いつもなら二杯でダウンしてしまうところだが、今日はなんと芋焼酎のロックを片手に半開きの目で発狂していた。
「ちょ…陽向。もうやめな。あんたお酒弱いんだから」
「うっさいなーもう!」
バカみたいに一気飲みをし、「おかわりっ!」と店員を呼びつける。
脳が危険信号を点滅させているが、無視。
「陽向。今日ムカついたのはわかるけどさ…」
「今日だけじゃないもん!いつもだもん!なんであたしのことばっかバカにすんの?!ムカつくー!」
陽向はテーブルをバンバン叩いて怒り狂った。
酒を飲み過ぎて声が枯れてしまっている。
重度のハスキーボイスだ。
陽向のグチはその後も続いた。
普段は人の悪口なんて滅多に言わないが、五十嵐に限っては悪口しかない。
散々話した末、陽向は二杯目の芋焼酎のロックを片手に撃沈した。
脳が完全に停止した。
「おーい。陽向ー…。ありゃー寝ちゃってる」
楓の笑い声がはるか彼方から聞こえてくる。
ゆさゆさと身体を揺すぶられるが、反応できない。
陽向は居酒屋のテーブルで深い眠りに落ちた。
最高に情けないと思いながら。
意識が戻った時、自分がどこにいるのかわからなかった。
顔は冷んやりとしている。
でも身体は暖かい。
布団の中ではない。
ここは、どこ?
目を開くと、ぼやんとした景色がゆっくりとしたスピードで過ぎて行くことに気付いた。
「あ…あれ?」
掠れた声で呟くと、「酒癖悪すぎ」と声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。
…誰?
景色が止まると同時に、視界がすっと低くなり、地に足がついた。
整った顔が目の前に広がる。
「酔っ払って寝るとか…。自分の限界もわかんねーの?」
一瞬で頭が覚醒した。
目の前にいたのは、五十嵐湊だった。