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It's
【ラブコメ 官能小説】

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-3

声が出なかった。
なんで…?
もしかしてあたし、五十嵐におんぶされてたの?
ありえない…。
「へ…なんで…?あれっ?…え?」
状況が掴めない陽向はその場でキョロキョロした。
家の近くの公園にいる。
あたふたする陽向を見て、五十嵐は爆笑した。
「マジで大丈夫?めちゃくちゃ酔ってたから送ってやろーと思ったんだけど」
「はっ?うちんち知らないでしょ?てかなんであんたにおんぶなんかされてんの?!あーっ…ありえない…」
陽向は両手で顔を覆った。
頭がガンガンする。

四人で飲んでいた居酒屋で、偶然五十嵐たちも飲んでいた。
席を通り過ぎた時に奈緒が発狂し、五十嵐たちも合流。
五十嵐の友達の中に陽向と仲のいい男がいて、その男曰く五十嵐と陽向の家が近いということだったので、こうして家に送り届けることになったのである。

一連の流れを聞き、陽向は愕然とした。
一刻も早くこの場から立ち去りたい。
歩き出そうとするが、酔っ払って千鳥足になり、倒れそうになった。
「…ったくお前は」
五十嵐の胸に顔が当たる。
情けない…。
そして、恥ずかしい。
こんなとこを見られて、きっとまた学校でバカにされるに違いない。
「もう…やだっ!触んないでよっ!帰るっ!」
五十嵐の胸を押そうとすると。
ギュッと身体を抱きしめられた。
あたし…五十嵐に何されてんの…?!
「いやだっ!ばかっ!離せっ!」
「そんなんで帰れんの?」
いつものようにバカにしたような声で問われる。
顔は見えないが、きっと意地悪な顔をしているに決まってる。
なんだか悔しくなってきた。
怒りと悔しさと情けなさと、そしてアルコールのせいで涙が溢れてきた。
あたし、何してんだろ。
惨め過ぎて泣けてくる。
「っう…」
「え?なに?泣いてんの?」
「ばか…」
「意味わかんねーんだけど」
鼻で笑われる。
なんだか傷付いた。
身体を解放され、じっと見つめられる。
その顔は、いつもと違う顔だった。
「化粧剥げてる」
「うるさいなっ!」
拳で腹を殴ろうとした時、ぐっと腕を掴まれた。
もう片方の手で後頭部を引き寄せられる。
顔が近付いてくる。
「俺の事、そんな嫌い?」
ほのかにアルコールを含んだ匂いが鼻を掠めた。
五十嵐は優しく、そして少し意地悪な口調で囁いた。
いつもと違う五十嵐に、陽向は言葉が出なかった。
間近で見る五十嵐の顔は恐ろしく色っぽい。
心臓が早鐘を打つ。
「嫌いなの?」
「……」
陽向は上がった息を整えるのに必死だった。
「答えろよ…」
言葉が出てこない。
いつもなら、あんたなんか大っ嫌い!と言い放つところだが、今はそんなことできない。
頭を整理するので精一杯だ。
五十嵐の目を見つめる。
余っていた涙が零れ落ちた。
「ヤバい。その顔反則なんですけど」
五十嵐は困ったように笑うと、陽向のこめかみに手を当て、顔を傾けた。
柔らかいものが、唇に触れる。
思考回路が停止した。
うそ…。
あたしは、五十嵐湊にキスをされている。
唇が離れた時、五十嵐は優しく笑った。
こんな風に笑ったとこ見たことない…。
でも、なんでキスなんか…。
「なんで…」
「ダメだった?」
「酔った勢い?なんなの?最低!」
陽向は五十嵐を突き飛ばし、涙を拭いながらフラフラした足取りで家に向かった。
五十嵐は何も言わなかった。

月曜日、いつものように学校に向かう。
今日は遅刻していない。
「陽向、あの後大丈夫だった?」
席に着くなり楓に笑われた。
「うん…。なんとか」
「相当酔っ払ってたもんね」
「ご迷惑おかけしました…」
「いいって。てかさ、五十嵐、陽向の事好きなんじゃない?」
楓の言葉に心臓が抉られる。
「はっ?!」
「だってこの間の飲み会の時、『俺が連れて帰る。お前らもベロベロだし任せらんねー』って言ってたよ?」
「そーそー。で、あたしたちに陽向の家の場所すごい聞いてきてさ。地図まで書かされたんだからねー」
あたしの友達と飲んでたなんて、嘘だったの?
「しかもおんぶまでされちゃってさー。羨ましい!あたしも五十嵐におぶられたい!」
奈緒がはしゃぐ。
え?嘘でしょ?
「めちゃくちゃ紳士!」
千秋も惚れ惚れした顔で言った。
まさか…五十嵐がそんな紳士なんて…。
鼻で笑ってしまう。
「ねー、お家までちゃんと送ってもらえた?あ、もしかして一緒に寝たり…」
「し…してない!公園で気付いて、そっから一人で帰ったよ」
「うっそー!チャンスだったのに!」
チャンスって…。
そんな展開望んでないし!
はしゃぐ三人の声が遠く聞こえる。
あの日、五十嵐が言っていた事は嘘だったのか?
もう、わけが分からない。
その日の授業は、一語一句頭に入ってこなかった。
五十嵐の事ばかり考えてしまう。
優しい笑顔を見せられたこと、抱きしめられたこと、そしてキスをされたこと…。
穏やかならぬ気持ちに支配される。
考えただけで心臓が口から飛び出そうだ。
陽向は目を閉じて机に突っ伏し、この間の事を頭の中で延々とリピートし続けた。


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