そして、大人になる-1
『私は―…貴方が好きだよ』
『一番、話せるから?』
『―そうかもしれないし、違うかもしれない』
『俺も、お前が一番好きだよ』
『一番、マシってこと?』
『そうかもしれないし、違うかもしれないな――………』
―想い―
あれから―…彼女はどうなっただろうか。
施設を出て5年の月日が経っていた。
目的の為、その身を文字通り、ボロボロに削りながらアルは毎日のように闘っていた。
自らの手を血で染める、
そんな怒濤の日々の中でも、彼は一日たりとも彼女のことを忘れはしなかった。
あのとき芽生えていた小さな想いは、会えない月日に膨らんで…
傷つきながら、
身も心も大人になるにつれ、彼女が最愛の人なのだと感じていた。
(今更…遅い……)
ふ、と疲れた笑みが、溜め息と共に口を吐く。
それは次の瞬間には、
立て付けの悪い、小さな窓から吹き込んできた新春の暖かな風に流されてしまったけれど。
あれから吐いた溜め息は数えきれない。
しかし、それが風に流された次の瞬間には、
まるで何もなかったような空虚な気持ちが広がる。
(嗚呼、ヤヨ。
お前の皮肉が聞きたいよ―…)
苦々しく再び笑みを洩らし、
アルはソファに深く腰を沈めた。
―もう少しで、目的は果たされる筈だ。
「俺は生きてるぞ…」
そう、言いに行かなければならない。
もし彼女があの場所に、もういないとしても。
ポツリと彼女に言うべき言葉を呟き、
顔の上に翳した、自分の両手を仰ぎ見る。
そうして随分汚れてしまった、としみじみ思った。
もうあの時のように彼女を抱き締めることすら許されない程、
この手は罪の紅に染まってしまったのだろう―…
そんなぼんやりとした思いを振り払うかのように、
アルはソファに身を沈めたまま、手元のノートパソコンに手をやり、作業を始めた。
――もう少し、もう少しで…
そんな科白を反芻しながら。