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気付かずの恋
【少年/少女 恋愛小説】

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そして、大人になる-2


パシ、パシ、

「………」


ふわりと、風が重ねたカードを巻き上げ、舞い落ちる桜の花びらと共に柔らかな草の上に落ちてゆく。


「あぁ…面倒臭いなもう…」

彼女は、ぽつりとそう言って立ち上がった。
昔と変わらぬ静かな声。



いつもの場所。
この井戸は変わらず―…
あの日、少女だった女性は、今は自分のいたこの施設で働いている。帰って来るとも知れない男を待って。

変わらないこの場所で、彼女だけが美しく成長した。
あの、苦い想いを此処に、
置き去りにしたまま…。


「ヤヨー」


ザッザッと春の柔らかい野草を踏み締め、少女が思いきり駆けて来る。
それを、少し大人びた少女が、
両手を広げ受け止めた。

桜の花びらのカーペットが、幼い少女の足元でパッと舞い上がり、そして舞い落ちた。


「どうしたの、シェリー」


「あのね、こわい夢をみるの」


「どんな?」


「あのね、キンパツのお兄ちゃんが、あたしを睨むの」


「金…髪の?」


ふと、弥世の脳裏に目付きの悪いあの顔が浮かんだ。
あの柔らかな黄金色を思い出す。

5年前の記憶が、蘇る。


「それで?そのお兄ちゃんはあなたに何かしたの」


「ううん。ただ、ヤヨがいつもいる、ここにいるの。ココにすわって、手をじぃっと見てるの」


そう言ってシェリーと呼ばれた少女は、
ペシペシと井戸の淵を叩いた。

嗚呼、そこは―………


「……そ、か……うん、お兄ちゃんの目付きが…怖かったのね?」


少し、言葉に詰まる。
間違いない、と弥世は思った。
間違なく、この子は彼の夢を見ている、と。


「違うの違うの」


泣きそうな顔で、幼い少女の頭を撫でる弥世の手を振り払い、
彼女は大袈裟なジェスチャーをしながら言った。





「お兄ちゃんの手、真っ赤だったの」







―『お前は、泣くなよ』





あれから、けして泣くことのなかった20歳の少女が、
5年前のあの日と同じ場所で、あの時とは違う涙を流した。


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