そして、大人になる-3
「金髪のお兄ちゃん……か」
ふと呟く。
いつもの場所。あの日から、一日たりとも来ない日はなかった。
「ふっ、馬鹿みたい。たかが子供の夢」
その子供の見た夢に、どうしてこんなに不安になる?
「はぁ………」
パシ、パシ、
カードを二つの山に分けながら、深い溜め息を一つ。
溜め息が出ない筈がない。
あの感受性豊かな、それこそ何か特殊なものを感じさせる少女が言ったのだ。
自分の隣、彼の定位置で、
真っ赤な手をじっと見つめる金髪のお兄ちゃんを夢に見たと……。
弥世は嫌な予感に囚われていた。
「はぁ……」
ザワッ――………
溜め息が静かに春風に掠(さら)われた。
まだ完全には咲ききっていない桜の蕾たちを、暖かい風が撫ぜてゆく。
(アメリカの空と、この空は繋がっているのかな)
馬鹿な思いが巡る。
あの人が自分を思って、
一度でも溜め息を吐いてくれていたら―……
それでいいのだと思う。
きっと、それでいいのだと思った。
「……生きてる?アル」
嗚呼、こんなにも彼を忘れられない。
5年経った今、彼女は空を仰ぎまだ見ぬアルを想う。
あの時彼について行かなかったことを悔やんだ日々。
生まれた想いを育むいとまもなく、早急に事は進んでしまった。
彼女をためらわせたのは恐れだ。
もしひょっこり姿を現したらその時は―、
どんな姿になっていようとも、どんなことに手を染めて来ようとも、全て受け入れ抱き締めよう。
そして、今度こそ言うんだ。『愛してる』と煩いくらいに、この不器用な言葉で。
あの頃、2人で並んで見たのと変わらぬ夕日を眺めて、
弥世はそう心に決めた。
あの時の気持ちは、砂糖菓子を食べたときと似ていると思った。
甘いと思った瞬間、シュワ、と溶けてしまう。そして、何もなかったかのように―…
喉の渇きを促すのだ。
そんな気持ち。
あの時俺たちは確かに、
恋をしていた。