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気付かずの恋
【少年/少女 恋愛小説】

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そして、大人になる-4


パシ、パシ、

 カードを弾く懐かしい音。
ふわりと、風が重ねたカードを巻き上げ、舞い落ちる桜の花びらと共に柔らかな草の上に落ちてゆく。
俺の隠れている場所のすぐ近く。


「あぁ…面倒臭いなもう…」

 彼女は、ぽつりとそう言って立ち上がった。
昔と変わらぬ静かな声。
二十歳になった筈の彼女は、
随分と綺麗で、自分よりずっと年上に見えた。



 いつもの場所。
この井戸は変わらず、どこか淋しげに映る彼女の隣に、俺が居ない。

 始まりの場所。
あの日惹きつけられたヤヨの漆黒の長い髪。
今、春の風に唆(そそのか)される彼女の髪は、
肩の辺りで切り揃えられた黄金色。

それは、あの時の俺だった。




ガサッ





 これは賭。
お前は俺を怖がるだろうか。
赤と黒の混じり合う闇に染まってしまった俺を、

野生の目の色をした俺を―…

お前は拒むだろうか。



「………っ」


息を飲む音が聞こえた気がした。
惹き込まれてしまいそうな、切れ長の大きな瞳。
目を見開いて俺を真っ直ぐに見つめる彼女の表情が、
瞬間、クッと歪みそうになった。


「……おかえり」


「ふん、…あぁ」


弾かれたように走り出す彼女。
まるでスローモーションのように映った。


ドンッ!

「ぐはっ」


手の中のカードが、ピッと風に掠われる。
タックルを食らわされたお陰で、痛めた肋骨がギシッと軋んだ。


「……おま……」

「……おかえり」

「…………あぁ」


 俺の胸に縋りつくようなヤヨの身体。
昔より小さく華奢になったように感じる。

―どれだけ我慢したのだろう。
随分長いこと泣いていなかったような泣き方だ。

肩を上下させ俺にしがみつく彼女は、おかえり、おかえりと静かに繰り返す。
まるで自分に言い聞かせるように。


「泣き下手」


「……あんたが泣くなって言うからよ……」


「はは、お前約束守るタチだっけ?」

薄く笑い、一瞬の躊躇の後、彼女の背中にゆっくりと手を回す。
片手で頭をそっと撫でると、無理な染髪で傷んでしまった髪の質感。
胸がチクリと痛む。

―こんなにもお前は俺を想っていたのか。

5年間の後悔が蘇る。


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