fainal2/2-39
「ナイスラン!森尾」
これで一点差。スタンドはもちろん、ベンチも追加点を喜んだ。
出迎えの最後尾に秋川が立っていた。
「お前、アレ、わざとやっただろ?」
秋川がそう訊くと、森尾は悪びれもせずに「そうだ」といい放つ。
「加賀の敵討ちだ……」
「敵討ちって、あれは事故じゃないか」
「事故?彼奴はブロックのどさくさに紛れて、加賀の膝を蹴ったんだぞッ」
「まさか……」
偶然にもベンチの端にいた森尾は見た。沖浜中のキャッチャーがブロックの際、右足のスパイクの爪を加賀の膝にぶつけたのを。
「今のも、わざとベース前を塞いで俺の邪魔をした。だから警告の意味で一発咬ましてやったんだ」
「お前……」
そこに、普段の寡黙な森尾はない。相手の汚い行為に対しては、実力行使で立ち向かう猛々しさを秋川は感じた。
一死三塁で直也、達也と続く打順。試合の山場を迎えて、スタンドの応援も最高潮に達していた。
そこに二つの人影が現れた。
「ほらッ!早くしなさいよッ」
「そんな怒鳴んなくったって……」
現れたのは健司と加奈だった。
「デジムビなんか、どうでもいいって何時も言ってるでしょう!」
「どうでもいいって君ね、今日が最後かも知れないんだよ」
「縁起でもないこと言わないでちょうだい!」
子は親を映す鏡とはよく言ったもので、佳代が直也としょっちゅう言い争う性格は、加奈の血だと家族も認めるところだ。
脇目もふらずに語気を強める姿に、周りは失笑を堪えていた。
「ちょっとッ、母さん!」
そこに、修が血相を変えて現れた。健司に似て気遣いが多い性格の彼は、この場違いな両親を即座に黙らせたかった。
「喧嘩は後でいいから、席に座ってよッ」
「ちょ、ちょっと!」
修は加奈の手首を掴むと、有無を言わさず来賓席へと引きずっていった。
「いい、母さん」
二人を席に座らせて、彼は加奈に対して釘を刺した。
「大事な決勝戦なんだ。自分のことより、戦ってる姉ちゃん逹を応援してよ」
「わ、わかってるわよ……」
息子のあまりの剣幕に、加奈はそれきり口を噤んだ。
修は「じゃあ頼むよ」と念押しして、仲間の元へ戻っていった。
「なあに、あれ?」
加奈は去りゆく息子を横目にしながら、妙な心持ちになった。その微妙な変化を健司は見逃さない。
「どうかしたのかい?」
「あの子が、あんな真剣に怒るなんて初めてだわ」
「成長の証だね」
回想の場面々に映し出される息子は、いつも誰かに依存していた。それが、いつの間にか強い道徳心を持つに至ったとは──加奈は嬉しさと同時に、寂しいさを覚えた。