強き者と弱き者T-1
通された広間の奥からひとつの影が近づいてくる。
「これほどに見目の麗しい者があの村にいるとは・・・」
妖しい光を宿した瞳が葵をなめまわすように全身を這う。葵よりも黒に近い茶色の長い髪、冷酷さを漂わせた切れ長の目は葵をうつしている。
「そなた名を何と申す?」
男の指先が葵の顎をなぞり、品定めをするように眺めている。
「葵と申します」
臆することなく名を告げる葵はわずかに眉にしわを寄せた。
(血の匂いがする・・・)
「葵?王と同じ名とは縁起が良いな」
「私の名は暁林(ぎょうりん)だ。お前は今日からこの館で暮らすといい・・・」
脇に控えていた家臣に合図を送ると、葵は丁重に客室へと通される。部屋の中には煌びやかな服や装飾品が並べられ、興味のない葵はため息をついた。
窓から街並みを見下ろす葵の目には悲しみの色が浮かんだ。壮観な建物の陰には、いまにも崩れそうな貧相なつくりの小屋が見える。出入りしている者たちは足に枷をはめられ、その行動さえ制限されているようだ。
「なんてひどいことを・・・」
彼らが町を歩いては人々に石を投げられ、泥水をかけられている。人とは言えない扱いに胸が痛む。
見かねた葵が部屋から出ようとすると、鍵が閉められていることに気が付く。
扉の向こうに感じる気配に葵は声をかけた。
「申し訳ありません、外に行きたいので開けて頂けませんか?」
少しの沈黙のあと、控えめな声が届いた。
「暁林様より、貴方をここから出さぬよう言いつけられておりますゆえ・・・開けることは出来ません」
「貴方は運がいい。隣村から来た者たちはここでは最低な扱いを受ける・・・どうか暁林様の機嫌を損ねぬよう、大人しくしていてください」
一呼吸おいて扉から離れた葵は、小さく微笑んだ。
「あなたのような方もこの国にいらっしゃるんですね・・・少し安心しました」
「・・・王が倒れられたとき・・・皆で助け合ったのが懐かしい・・・また世界が安定して、欲深くなってしまったのだと思います」
「征服欲・・・ですか」
「はい・・・」
悲しそうに言葉をつむぐ葵に同調するように男は沈黙した。