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金魚とアイスクリーム
【純文学 その他小説】

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本文-2


「ここ数日、ぼくは睡眠不足のせいか夢見がちな毎日を過ごしている。電車のなかはさしずめ温かなゆりかごといったところだ。母親の鼓動に誘われるままに、
気がつくと駅を二つほど乗り越してしまっている。多分、口を開けてだらしなく首を落としてるんだろう。醜い姿を晒す意識もなく眠り込んでしまうなんて、どうかしてる。近頃は特に症状がひどい。現実のなかにも、もやもやした夢想が紛れ込んでくるようだ。
 髪の短い女のひとを見かける度に、いつもあの人のような気がする。そうしてつい顔を覗き込んでしまう。相手が怪冴そうに睨みつけると、ぼくははっとして視線をそらす。ひとちがいだ。でも不思議。ぼくはあの人と話をしたこともないのに、どうしてこんなに身近に感じてしまうのだろう。ぼくのことを何もかもわかっていてくれる、ただひとりのひと。そんなふうに見える。どうかしてるな」

「牛乳と肉とパンが切れたので買いに行ったら、さきちゃんにあった。いきつけのスーパーで先週からバイトしているらしい。さきちゃんは元気がいいから、わたしまで心なしか明るくなったようだった。別れた彼のことを少しだけ忘れられた。彼のこと、ずーっと忘れていたいのだけど、どこかで完全に忘れてしまうことを拒否しているわたしがいるのに気づく。わたしと彼の仲はそんなものじゃなかった、時を経れば忘れてしまうようないい加減な愛し方ではなかったと、思いたい。決してもう彼に会うことはなくても、わたしには彼が愛しいひとだった。彼と別れたのも、彼を愛していたからだ、なんて、強がりを言ってみる。空元気でもいい。気が沈まないように元気のいい友達と一緒にわらおう。強がっていないふりをするために」

「玄関にある金魚鉢はあいかわらずからっぽだ。去年まで金魚を飼っていたけれど、名前をつけた金魚は全部死んでしまって、残った最後の一疋も、ぼくが『たろう』と名付けたニカ月くらいにいなくなった。鉢から飛び出して干からびてしまったのか、たろうの亡骸を捜しても、どこにも見つからない。いま金魚鉢のなかはしらじらと埃が積もっている。金魚のいない鉢はつめたい藍色。玄関を重苦しさと空虚さで威圧する自画像だ。鉢を洗って、赤い金魚を買ってこよう。ひとりにも、もう飽きたから」

「机上にすわる鉢植えの元気がない。ごめんね。2年くらい前に買ったものだけど、彼が出来たらすっかり水をやらなくなった。今更水をあげても、もう遅いかな。刺のある枝の殆どが枯れた茶色で、青く繁る葉は下のほうにかろうじて残っているだけ。急に思い出したように水をあげたら、鉢の土が炭酸水みたいな音を立てて膨らんだ。こんなに乾いていたんだ。むかしはそんなことしょっちゅうだったのに、今のわたしは無性に罪悪感を感じる。わたしはもしかしたら、彼よりひどい人かもしれないな」



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