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金魚とアイスクリーム
【純文学 その他小説】

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本文-13

「じんわり広がる背中の冷たさに、目が覚める。橋の真ん中で屈み込んだまま、何分かうとうとしていたようだ。雨は先刻よりもひどくなっている。鳥の啼き声も、せせらぎのような雨音に掻き消えて聞こえない。
全身ずぶ濡れて重くなった躰を起こして立ち上がると、堪え切れず身震いした。
 ゆっくりと目を開ける。背中の肉の裏側辺りに、重い鈍痛が貼り付いている。寒い。雨でぐしょ濡れた鞄を下ろすと、紙屑のようにグシャリと潰れた。シャツを脱ぎ、絞って鞄に入れる。躰を屈めると橋の下が微かに覗いた。霞の先に現れた雨で緑に濁った大きな湖。ここから20メートル降りた辺り、岩壁の殼を破り剥き出しにされた皮膚のように、その湖は波立っている。絶えざる蒸気を噴出しながら、ぼくはそれが囁くのを聞いた。
 『たろう……たろう…は…やが…て消え行くものもの内……に生まれよう………生まれようとして………として……いる』
 (……たろう、たろうがここにいるのか? 生まれる? この湖のなかから……?)」

「またあの夢だ。誰かに胸の奥を締め上げられる夢。大きな白い手がわたしの中に入ってゆく。胸の開をぱっくりひらいて、その白い掌がわたしの血で真っ赤に染まる。いたい。どろどろとあふれ出る血液の間を、その掌はわたしの躰のなかにごりごりと捩じ込まれてゆく。凍るほどにつめたい手。それがわたしの中で動きまわり、なにかを掴む。わたしは強烈な痛みに反り返る。苦しくて、声が出ない。大声で叫ぼうとする。
 (助けて、助けて、助けて……)
 唇が微かにそう動いただけで、一言も声にならない。苦しくて悔しくて涙が出る。唇をぎゅっと噛んだあたりが切れて、血の味が広がり、ガタン、と物音がして……そこでわたしは目を覚ます。
 さっきの音。気付いてベッドを出て、息を潜めて部屋のなかを見回す。……何かいる! 部屋の角、テレビの裏側に黒い影が動いた。部屋の電灯を点けようとしたその時……。
『ほぎやあお!!』
 猫!!‥ 部屋の明りが四隅に広がる間に、その黒猫はいつの間にか、猫の肩幅だけ開けられた網戸の間を縫って部屋を飛び出した。暫く呆然として、猫の走り去った網戸の隙間を見つめていた。
 台所の上を見る。昨日の残り物を食べ散らかした形跡はない。晩御飯に食べた焼き鱈子の残りも、ほうれん草のおひたしに使った鰹節にも手がついたようには見えない。一体なにをしにわざわざ部屋に入って来たんだろう……
 その時だった。流し台、寝る前にはなかったはずの骨だけになった小魚。一体、どんな訳でこんな物がここにあるのか、分からない。しかもこの大きさ、影からして、人間の食する食用の魚ではないらしい」


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