記憶と妄想-3
「おじさん、おっぱい好き?」
「え?あ・・・?」
呆気に取られている店主に美菜子は続ける。
「私、不感症らしいんです。全然、濡れないの。でも、おじさんなら・・・」
店主はぼんやりと美菜子の胸元を眺める。シャツや清楚なエプロンに包まれていても隠しきれない膨らみを、店主は視線でたっぷりと撫で回してから、“いやいやいや・・・”と後退さる。
「ごめんなさいっ、忘れてくださいっ」
美菜子は半べその顔を隠すように、急ぎ足で商店街を立ち去った。
それから数日振りに商店街に出掛けた。今日は崇男が出張明けで帰ってくる。愛情らしい愛情はもうなかったが、せめて美味しいものを食べてもらいたい。美菜子は夫婦関係の修復をどこか心の隅に抱えていた。
今日の八百屋は盛況で、先客が3人ほどいた。店先には店主の他に奥さまも出ている。
「へい、いらっしゃい」
美菜子の顔が見えて店主が近寄ってきた。以前と変わらぬ対応、距離。美菜子は茄子とキャベツ、勧められた冬瓜を選んでお金を払う。店主は“また来てね”と言って、美菜子の手にお釣りをギュッと握らせた。
(え・・・?)
小銭とは違う感触に美菜子が手を開こうとすると、店主はその手を握り締める。
「落とさないようにね」
ニコッと微笑んだ店主の頭を、奥さまがポコッと叩く。
「あんたっ、いつまで握ってんだい。ごめんねぇ、この人、若い子が大好きだから」
頭を下げる奥さまの後ろを、店主は笑いながら他の客の相手をしに行く。他のお客も笑っていたので、美菜子は作り笑いを残してその場を立ち去った。
「あぁ、これ・・・」
小さく小さく折り畳まれた紙切れには、携帯電話の番号の他に電話をかける際の注意事項が事細かに掛かれていた。
『おじさんの助けが必要なかったら、これは捨ててね』
と、書かれてあるのが嬉しかった。その夜の食事はいつもより豪華に出来たが、遅くに帰ってきた崇男はほとんど口にすることなく、いつものように眠りに就き、翌朝また出張に行ってしまった。着替えを取りに帰っただけかも知れないが、会話もほとんど無いので美奈子には分からなかった。教えられたのは、次に帰ってくるのは1週間後だと言うことだけだった。